再会
予告通り美里視点です。
「ここまでやりたい」という所まで書いていたら、いつの間にか長くなってました。
「水音ちゃん!」
どれだけ体を揺すろうが無駄だ。水音は暫くの間、目を開けてはくれない。天力を消費した結果がこれなんて、あんまりだ。
水音は私の頼みの綱だった。龍に乗せてくれたのも、素早く攻撃態勢に切り替えたのも彼女。それに比べて、私は何もしていない。
天力の消費については、テストにも出題された、講義で習った内容だった。天力を大量消費した場合の最も軽い症状は『異常な眠気』。量が増えるほど症状は悪化し、最悪は死ぬ。水音は幸い軽症だけど、いつまで眠った状態が続くのか分からないというのが怖いところだ。
「美里さん、一旦落ち着きましょう」
「この状況で落ち着けると思う!?」
水音の腕時計から私の腕時計に映像を移した依雲が黙った。こうなったのも、水音に移送を頼んだ彼女が悪いというのに、全く反省の色が見えないのが気に食わない。
舞花は何処にいるのかな。水音ちゃんはいつ目覚めるのかな。
心を埋め尽くすのは不安ばかり。無意識に俯いてしまう。私は何もできない。白天士になっても、何も変わっていない。思えば私は、舞花がいないと、いつも一人だった。
「顔を上げてください。貴女は決して、孤独などではありませんよ」
それは知らない男の人の声だった。頭を撫でられたような、撫でられていないような、不思議な感覚。思わず顔を上げた。
見覚えのある羽織。腰に携えた日本刀。
「新撰組……?」
「よくご存知でしたね。私は新撰組一番隊組長、沖田総司と申します」
そして彼の背後には、舞花が立っていた。
「舞花!」
「よかった……美里が元気そうで」
感極まって、私は舞花に抱きついた。彼女が優しく背中をさすってくれる。私が一番求めていたことをしてくれるのが彼女だ。
「……えっ、水音ちゃん!?」
私の羽織を枕にして床で眠っている水音を見つけた舞花は、訴えるような目で見てきた。ここまでの一連の流れを舞花は知らない。私が順を追って説明すると、舞花が急に腕時計を起動して依雲を呼び出した。
「どうしてくれたんだよ依雲!! 私たちの移動スキルじゃ水音ちゃんを運ぶこともできないんだけど!?」
「ごめんなさい私が悪かったです!」
予想通り、舞花の怒りスイッチが入った。依雲も謝ってはいるけれど、この程度で舞花が許してくれるはずがない。
「あの、舞花様。ご友人は私がお運びいたしますので……」
沖田が宥めると、舞花は落ち着きを取り戻した。「後でーーしよう」という呟きが聞こえたが、気のせいだろうか。本当だったら、どうなることやら。依雲の無事を祈ろう。
「それで、舞花は何処に行ってたの? 二人で心配してたんだよ」
「あー……ちょっと、これを取りに」
舞花が羽織の左側を裏返す。そこには腰の刀と別に、見たことのない日本刀が隠されていた。鍔の装飾が凝った作りでかっこいい。
「日本刀?」
「そう、名前は【朧桜】。沖田さまが案内してくれたんだ」
私は沖田に目を向ける。まさか本物の剣豪に会えるとは想像もしていなかった。
ふと思う。
江戸時代末期に活躍していた沖田総司。彼が本物なら、とっくに亡くなってるんじゃないの?
「えっ、沖田さんって幽霊!?」
「気付くの遅いよ美里」
「だって〜……」
舞花は呆れたような顔をしているけれど、私は漸く腑に落ちた感じだ。ついさっき舞花の無事を確認できて安心していたから、そこまで頭が回らなかった。
「幽霊……というと、しっくりきませんね。今は【朧桜】の側に居るお蔭で、人や物に触れることができるようですから。不思議な事もあるものです」
沖田はそう言いながら、軽々と水音を抱える。本当に触れるらしい。
……わ〜、お姫様抱っこだ。
何処かで沖田は新撰組の中でも美形だったと聞いたことがあるが、たしかにその通りだ。沖田が水音を抱えるだけで絵になる。
不意に舞花と目が合った。彼女も私と同じことを思っていたのだと、顔を見て何となく分かった。
「どうされましたか、お二人とも? 何かおかしな事でも……」
途中で話を切り、沖田の動きが止まった。舞花も引き攣った顔をしている。私は辺りを見回したものの、何もない。一瞬、嗅いだことのない匂いがしたくらいだ。
「また焼酎の匂いですね。やはり外でしょうか……」
「焼酎?」
沖田の言う単語が分からなかった私の疑問に、舞花がすぐ答えてくれる。
「お酒の一種だよ。アルコールが強いヤツ」
「なんで知ってるの?」
「それ訊いちゃう?」
「質問に質問を返さないで」
さすがに呑んだことは無いよね。
結局、舞花が焼酎を知っていた理由は分からずじまいだった。
「外に出ましょう。皆様は白天士、悪魔討伐をしているのでしたね」
舞花が頷いた。いつの間にか、彼女は沖田に白天士に関しての説明を終えていたらしい。手間が省けた点では助かる。
「私は水音様の護衛をいたします。外に敵がいた場合は、お二人で倒してください。もし助けが必要になりましたら、微力ながら、お手伝いさせていただきましょう」
真剣な眼差しを向ける沖田からは、水音を守り抜くという気合いを感じる。
「お願いします」
私と舞花は彼を信じて、桜咲家から出た。
本来、外の空気は中よりも清々しいが、今は違う。何故か鼻をつくような臭いで充満している。これが焼酎の匂いなのだろうか。空も紫色で気味が悪い。桜咲家に入る前の澄み渡った青空が嘘みたいに思えた。
「悪魔の現在地、把握しました! 東西南北、いえ、四方八方に点在しています。その数、およそ十八人です」
私たちが責めたせいで拗ねていた依雲は、外に出た途端に仕事をし始めた。まるで何事も無かったかのようにやり過ごしている。
ううん。今はそれどころじゃない。依雲ちゃんを反省させる前に、悪魔を倒さないと。
原因は不明だが、悪魔の数が多い。こういう時の討伐方法ぐらい、私は知っている。
「舞花、二手に分かれよう」
「りょーかい! 美里、一人でいける?」
「もちろん。あと一応、沖田さんに【朧桜】を預けて。その方が確実に水音ちゃんを護れる」
私が助言すると、舞花は羽織から【朧桜】を取り出して沖田に手渡した。話を聞いて実行するのが速い。
「アドバイスありがと。じゃ、また後で」
「うん」
舞花に手を振り、彼女と反対方向に体を向ける。鞘から剣を取り出す。まだ余力はある。
依雲の情報によると、こちら側の悪魔の数は十人。少し多いが問題ない。
速攻で片付ける!
私は住宅街の中を駆け出した。
曲がり角に差し掛かり、悪魔の気配を察知した。たぶん一体。
「美里さん!」
「うん、分かってる」
剣に天力を流し込む。曲がった瞬間に技を放てば、一撃で倒せるはずだ。
曲がり角を右折し、悪魔の姿を目で捉える。下級悪魔の特徴の一つ、いつもの黒い着ぐるみだ。剣を握り締め、急所を狙う。
「火剣攻撃・【燈光】!」
刺さった。火の灯った一筋の光が悪魔の体を突っ切り、どこまでも伸びていく。着ぐるみは燃えるように崩れ、人の遺体が露わになった。
しかし、安心している暇などない。
「ぐぁあぁあああ!」
背後で唸り声がした。
「うわ〜」
私は遺体を抱え、家の屋根の上に飛び乗る。【燈光】の光に反応して、下級悪魔が同時に三体寄ってきてしまったようだ。
【燈光】は攻撃だけではなく、仲間に自分の居場所を知らせることができる。ただし、悪魔を呼び寄せるという最悪な効果もある。まとめて仕留められるのも楽ではあるけれど、単純にしんどい。
下級悪魔の大半は理性が無い。使う魔術が限られていたとしても、攻撃を読むのは難しい。結論、魔術が発動する前に倒すのが手っ取り早いという訳だ。
「ちょっと、ごめんなさい」
私は一言謝ってから遺体を屋根の上に置く。三体の悪魔はコウモリに似た羽を出し、地上を離れてこちらに迫って来ている。その間に天力を剣に溜めた。
悪魔が屋根に来た瞬間に、私は剣を横に大きく振りかざした。
「火剣攻撃・【大紅蓮】!」
巨大な炎が辺りを覆い尽くす。それが消えると、屋根の上に三人の遺体が残っていた。
ここまで倒したのは四体。この辺りには少なくとも五体はいる。先は長そうだ。住宅街を見回りながら、通信であちら側の状況も把握することにした。
「依雲ちゃん、舞花と通信お願い」
「了解です」
腕時計に読み込み画面が出たと思えば、すぐ通話画面に切り替わる。連絡がついたようで、舞花の声が聞こえてきた。
『どうしたの美里。まさか、もう討伐し終わった?』
「まだ四体だよ。そっちはどう?」
ドドーン!
腕時計から激しい音がして気付いた。舞花は戦闘中だったらしい。
『ふぅ……今やっと二体目』
通信のタイミングが悪かった。反省しつつも、音を聞いていて違和感があったので訊いてみた。
「舞花、技名唱えないの?」
『だって面倒なんだもん。別に心の中で唱えておけば攻撃できるし、個人差はあると思うけど、私はその方が技の威力上がるし』
それは初めて知った。テストに向けて図書室に行っていた時期もあったけど、技名を唱えることに関する本は無かったと思う。ただ舞花の性格がもたらした結果だ。
「ぐぉおおお」
「わっ」
通信の方に意識がいって、悪魔に気付けなかった。この唸り声が無ければ怪我を負っていただろう。急いで防御スキルを出す。
火剣防御・【火柱盾】
眼前に数本の火柱が現れた。私に近付いてきていた悪魔は、火柱に当たり跳ね返される。そのままバランスを崩し、地面に落ちてしまった。
『音すご……そっち大丈夫?』
「平気〜」
下を見ると、悪魔はもう回復して立ち上がっていた。高い所から落下してもダメージがないのは羨ましいことだ。
さらに左右から数体の悪魔が集まって来た。合わせて五体。全て【燈光】の影響を受けているに違いない。
攻撃スキル、他の使えば良かったかな。
後悔しても遅い。魔術を使われる前に倒さないと、それこそ面倒なことになる。屋根から飛び降りて、着地する前に仕掛けよう。
火剣攻撃・【業火連斬】
魔術攻撃【暗黒魔弾】
私と一体の悪魔が攻撃を放ったのは、ほぼ同時だった。最初は相殺されると危惧していたが、私の広範囲攻撃で、五体全ての悪魔にとどめを刺せた。
しかし、悪魔が倒されたからといって、魔術が消えることは無い。紫色の魔弾は、私を狙って飛んで来る。
「……ほあっ!」
バシュッ!
考えている時間もなく、とりあえず剣を振ってみると、魔弾は破裂して跡形もなく消え失せた。
これなら防げる!
迫る魔弾を一個ずつ斬り裂いて無効化する。地味な防御だが、天力の節約になる良い手段だ。私はただ魔術攻撃を防ぐことに集中し、剣を振るった。
最後の魔弾を斬り、動きを止める。
「あ〜、疲れた〜」
安心すると急に足元がふらついて、倒れるように地面に座り込んでしまった。攻撃と防御を繰り返していた時と比較して、随分と体が重たい。息も上がっている。今に至るまで気が付かなかった。
訓練しているとはいえ、短時間で動き過ぎた。天力も残り少ない。移動スキルを使うので割と精一杯といったところだ。
『あ、終わった?』
腕時計から舞花の声がする。そういえば、通信中だったことを忘れていた。
「うん。今ので合計九体だよ」
『お疲れー。私の方も九体撃破したよ。そっちにいた逃げ足の速い悪魔がこっちに来たみたいで苦労したけどね』
まだ警戒しなければいけないのかと思っていたが、悪魔討伐は無事終了したらしい。
「ふふっ……舞花もお疲れ〜」
『それはそうだね、うん……今の話に笑う要素あった?』
「いや〜、舞花と話してると落ち着くの。ヒーリング効果というか」
私が話した後、謎の間があく。通信状態が悪くなったのかと思ったが、それは違った。
『……ありがとう。私も美里と話してて、すごく楽しいよ』
声だけでも照れくさい気持ちがダダ漏れの彼女は舞花のはずなのに、舞花ではないような気がした。
ドカーン!
大きな爆発音。腕時計からも鳴り響いている。音のした方を見ると、桜咲家の側で砂埃のようなものが立ち上っていた。その隙間から赤い鳥居が見えた時、其処が神社だと分かった。
『うえっ、沖田さま!?』
舞花の声と風を切るような音、さらに足音も聞こえる。走っているのだろうか。
「舞花? 何が……『沖田さまが水音ちゃん背負ったまま、無言で神社の方に走って行っちゃったから追いかけてる! 美里も来て!』
そこで通信が切れた。周辺の悪魔は倒したから、場所を移動しても大丈夫だろう。それに、もしかしたら……
神社に悪魔が潜んでいるかもしれない。
いつもの勘だけど、よく当たるから可能性はある。特に嫌な予感というのは、何故だかその通りになってしまう。
それが回避できないことでも、もし起きても、必ず食い止めなくちゃ。
舞花との会話で疲れも多少は取れた。私は空吸を使って空へ駆け出した。空吸は体も軽く感じられることに加え、天力を使わずに済むので、走るより比較的楽だ。
「まだ敵がいるかもしれません。注意を怠らないでくださいね」
「は〜い」
依雲の忠告を聞き入れ、私は住宅街の様子見をしながら神社に向かった。
神社に着いた頃には、境内の拝殿前に舞花と水音を背負った沖田がいた。二人と向かい合っているのは誰だろう。黒い袴を穿いた男の人であること以外は、空からでは何も分からない。私は鳥居の前で着地し、石造りの参道を歩き始めた。
「……斎藤さん?」
黒袴の男に、沖田がそう呼びかけている。けれど、男は返事をしない。
「斎藤さんでしょう? 私のことが見えていないんですか?」
男は答えない。一方で、舞花はその様子を静かに見つめている。
「斎藤さ「ちょっと黙ってもらえます?」
男に声を遮られ、沖田は目を見開いた。名前を呼ぶのを止め、一歩後ろに退く。
「そうですよ僕が斎藤ですよ、と言えば納得するんですか、しないでしょう?」
沖田は否定しない。男を見る目が、いつになく真剣だった。
「まあ一応、名乗ってあげましょうか」
強風が吹き荒れ、寒気が襲う。その拍子に、袴で隠されていた男の手元が見えた。あの黒っぽい爪は、正しく悪魔の特徴の一つに該当するもの。
「僕は元新撰組三番隊組長、斎藤一。久方振りですね、沖田さん」
つまり彼は、中級悪魔だ。




