血染めの儀式刀
沖田が江戸に送られて数ヶ月後、桜咲家に手紙が届いた。それを受け取った妻は、差出人の名を見て驚愕した。早速、舞衣が応対をしている患者の病室に知らせに向かう。
「舞衣、手紙が届きましたよ」
いつも通り仕事をこなしていた舞衣は、首を傾げながらも手紙を貰う。封筒を裏返して差出人の正体に気付くと、その場に座り込んでしまった。
「手伝いはもういいから、自分の部屋で読んできなさい」
「……ありがとうございます」
早く読みたい。そう思いながらも欲を抑え、舞衣はお礼を述べた後、駆け足で自室に戻った。
机に封筒を置いてから椅子に座る。丁寧に封を切り、和紙の便箋を取って開く。そこに書かれた美しい文字に、舞衣は目を奪われながら手紙を読んだ。
『桜咲家の皆様
季節も春らしくなってまいりましたが、お元気でしょうか。
皆様がこれを読んでいるということは、私はもうこの世を去ったのでしょう。
江戸のお医者様に、私が最期を迎えてからこの手紙を送るよう頼んでおきました故、本当のことです。
お手紙の最初にこんなことを書くのはあんまりですけど、きっぱりと事実を伝えることも大切ですからね。
皆様、ありがとうございました。
私が体調を崩す度に面倒を見てくださって、さらには専用のお部屋まで用意してくださったこと、忘れません。
お食事も美味しかったです。
煮物も粥も、きつねうどんも、私の好みの味付けで、何度食べても飽きませんでした。
叶うことならば、また頂きたかったです。
何度お礼を申し上げたか分かりませんが、それ程までに感謝の気持ちが大きいということ、ご理解ください。
舞衣様も、ありがとうございました。
幼いながらもひたむきに頑張る姿や真っ直ぐな瞳を見た時から、貴女のようになりたいと思うようになりました。
刀と技の後継者を貴女に選んだ理由も、きっと同じ瞬間です。
それから、現在も【朧桜】を振っていらっしゃいますか。
刀は放っておくと錆びてしまいますので、布で拭くなどの手入れを忘れないでください。
貴女のことですから心配はしていませんが、どうかお気を付けて。
経験上、手入れの大切さは身に染みているのですよ。
私は皆様のお蔭で今まで生きて来られたと思っています。
体調を崩して桜咲医院に駆け込み、命の危険を感じ、その恐怖に怯える度に、皆様に助けられました。
今回の病は江戸のお医者様であっても、どうしようもありませんでした。
決して皆様の所為ではないですから、その責任は誰のでもありません。
私が逝ったことは、気にしないでください。
そう伝えても、無理かもしれませんね。
知らぬ内に、私は皆様と親密な関係まで進展していたようですから。
最後になりましたが、本当にありがとうございました。
皆様の未来が少しでも明るいものであることを、心から願っております。
舞衣様。
【朧桜】の跡継ぎを、貴女に選んで本当に良かったです。
もう十分、立派な子ですが、今後もきっと成長していけるでしょう。
貴女は私の誇りです。
新撰組一番組隊長 沖田総司』
便箋に涙が零れ、染みていく。
「沖田さま……」
名前を呼べば、目に浮かぶ。たくさんの笑顔と、新撰組の一員としての真剣な顔。そして舞衣にしか見せなかった、優しい微笑み。
「沖田さまっ……」
それも、あの時が最後だった。二度と目にはできない。思い出すしかない。今は鮮明な記憶でも、歳を重ねれば徐々に霞むだろう。どれだけ舞衣の記憶力が良くても、涙で視界が悪くなるのと同じように。
「沖田さ……ま……」
彼との思い出が脳に焼きついている内は、きっと泣いても許される。彼も言ってくれた。強がる必要はない、いくらでも泣いていいのだと。
だから私は、今も泣いているのですね。
沖田さまが亡くなったことは、桜咲医院の患者を通じて、見る見るうちに街の人々まで広がっていきました。
そこまでは、まだ良かったのです。本番はこれからでした。
桜咲医院に入院していた患者が、立て続けに何人も亡くなってしまったのです。原因不明の突然死は止まりませんでした。それも噂として街に伝わりました。
これを聞いた隣街の医者が発した言葉が、事の発端だったのです。
「沖田様の呪いだ。ここ京都の街を守る御方を救えなかった桜咲家を恨んでいるんだ」
街の人々は、その言葉を信じました。それしか、今の状況の辻褄が合う理由が無かったからでしょう。沖田さまが本当にそう思っているのだと決めつけて、私たちを陥れました。
いつしか桜咲医院の患者は激減し、代わりに隣街の病院に集まるようになりました。「沖田様の呪いだ」という発言は、こうなるように仕向けるための罠だったのでしょう。私たち桜咲家はそう気付きましたが、もうどうにもなりませんでした。
ついに赤字が出始めた頃、桜咲家の側にある神社に務める神職が、一人を残して他全員が亡くなったという知らせが来ました。これもまた原因は不明で、桜咲医院と同じような現象が起きているとのことでした。
この出来事を、街の人々はこう解釈したといいます。
「沖田様の怨みが神の領域にまで迫っている。これは桜咲家の人間が何とかすべきだ」
その言葉が瞬く間に広まり、様々な意見が飛び交いました。どれも、桜咲家を悪く言うものばかりです。
「医者なんて辞めてしまえ。神社で仕事して、沖田様に謝れ」
「桜咲家は人殺しだ。このまま生かしてはおけまい。処刑してもいいのではないか」
「もう沖田様ひとりの呪いではない。この街自体が呪われている」
「昔、聞いたことがある。生贄を捧げる儀式を行えば、呪いを退けられると」
「神社で儀式を行おう。この街を守るためなら、命など惜しくないだろう」
こうして桜咲医院は潰れ、私たちは今後、神社で儀式を執り行うことが決定してしまいました。神社に残されていた儀式の書に基づき、約束事ができました。
その名も、桜舞の儀式。
年に一度、一人の生贄を捧げ、読まれる祝詞に合わせて舞うというものです。
捧げると表現されていますが、実際は【朧桜】で生贄の首を刎ねるということであり、決して綺麗ではありません。
そして、この儀式の祝詞は、【朧桜】をよく知っている私が作りました。
桜の花びら舞うように
淡く光るは【朧桜】
太陽の下に舞うように
煌めく刀は【朧桜】
三段にもなる突き技は
桜咲の家に受け継がれ
永遠となるであろう
沖田さまが【朧桜】を振っていた時に思ったことを言葉に紡いだのが、この祝詞です。もしも沖田さまが私を、桜咲家を恨んでいるのならば、ここに綴った気持ちが伝わってほしい。呪いを解いてほしいのです。
自身の父と母が生贄となる前から、私は何十回と儀式を繰り返しました。【朧桜】を真面に振れる人間は、この街に私しかいなかったからです。
人々は私を「人殺しではない」と言い張りましたが、それは違います。呪いを解くために生贄を捧げる時点で、私たちは進む道を間違えていました。始めてしまったからには、ここで止めることもできません。もう無心で首に刀を当てられるようになってしまった私は、狂っているのでしょう。
ごめんなさい、沖田様。
貴方が託してくださった刀は血に塗れ、穢れてしまいました。
ごめんなさい、ごめんなさい、沖田様。
三段突きも伝えたつもりですが、何処かで潰えてしまったかもしれません。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、沖田様。
私には、どうにもできませんでした。家主になって権力を得ても、街全体は変えられませんでした。
もしもまた、生を受けることができたなら、今度こそはーー。
*
自然と涙が零れる。
……そっか、そうだったんだ。
やっと自分と謎の声の正体が分かったような気がする。
ついに辿り着いた部屋の襖を開ける。床の間には、変わらず【朧桜】があった。
「何と言いますか……我が家に帰って来たような気分ですね」
部屋に入ってから、声しかなかった存在の姿が、私の目にも少しずつ見えるようになっていった。
着物の上にはダンダラ模様の羽織。腰にあるのは日本刀。
彼は沖田総司。江戸時代末期、労咳ーー今で言う結核により亡くなったとされる、三段突きで有名な剣士である。
私は沖田の姿をまじまじと見つめる。その拍子に目が合った。
「私の姿は見えるでしょうか」
頷いた私に、沖田は優しい微笑みを見せた。
「思い出せたのですね」
沖田に促されるまま聞いていた、いつかの物語。あれは彼が私に語りかけてくれているものだと思っていたけど、全然違った。
沖田自身が持つ記憶の視点と、私が持つ舞衣の記憶の視点。二つを重ね合わせて見ていたのが、この物語だったのだ。
なぜ私が舞衣の記憶を持っているのか。そんなの簡単だ。
私は桜咲舞花。前世の名は桜咲舞衣。
ずば抜けた記憶力によって、生まれ変わってもなお記憶が引き継がれた、世にも珍しい存在である。
30部分突破記念《白天の裏側》コーナー
今回は桜咲家の昔話に登場する人々の中で3人をピックアップし、紹介したいと思います。
読みたい方はどうぞ!
桜咲舞衣
大人びた態度に反して年齢は9歳。
桜咲医院での手伝いは7歳から始めていた。
桜舞の儀式の生贄は、三年に一度は桜咲家の人間が選ばれるという決まりがあったため、早々に両親を失くしてしまい、彼女が家主になったのは16歳の時だった。
生まれ変わってからは記憶だけを引き継いでいたが、舞花という個としての側面が強く、物語を聞くまで舞衣については思い出せなかった。
沖田総司
享年20代。新撰組の一番組隊長。
斎藤と同じ師の元で、剣技を極めていた。
誰に対しても敬語を使う礼儀正しい男である。
幼い頃から病弱だったため、お酒は嗜む程度。
というか酒より三度の飯が好きな人。
【朧桜】を舞衣に託した理由は、彼女の普段の姿や記憶力の凄さといったものの総合評価と、彼女の持つ剣技の才能を彼が見抜いたからだった。
斎藤一
まだ20代で、実は沖田より年下。
敬語を使うかどうかは周りの人に合わせるタイプ。
桜咲家では、沖田の話し方に合わせていた。
新撰組一のお酒好き。
本編にもあったように、一度酔ってしまうと、沖田にしか止められないような酷い状態に陥る。
桜咲家でお酒を飲んだ時も大変だったらしい。




