二人は親友
1100PV突破!
みなさまのお蔭があってこそ、なし得たことです。
本当にありがとうございます!
「……どういうこと」
私が問いかけると、美里は黙って下を向いてしまった。舞花の部屋は、内装こそは普通の和室だった。けれど外は銀色の鉄格子で、どう見ても閉じ込められている状態だ。
「美里、だからダメだって言ったでしょ」
壁にもたれかかっていた舞花が、美里に接近して口を開いた。桃色の着物を纏い、髪を結い上げているその姿は、まるで別人だった。
「私は実家に戻って、全てを終わらせてくる。これは美里しか分かってくれない事だと思って伝えたのに、覚えてないの?」
舞花が怒りを露わにしているのが分かる。対して美里は、何も言わなかった。
「もう、帰って。これ以上、うちの事で巻き込みたくないんだよ。美里も水音ちゃんも、他の皆も」
願うように舞花は言った。私たちのことを想って彼女は実家に戻ったのだ。詳しい理由は分からないけれど、今日のところは一旦帰るべきだろう。私が後退ると、美里が私の手を掴んだ。訓練を重ねているだけあって、握力が強くて離せない。
「……私も心配なの。舞花独りで、この家を何とかできるとは思えない」
一連の流れからして、美里は桜咲家の諸々の事情を知っているようだった。一方で私は全く分からないので、一人置いていかれている。眼前で何を言い合っているのか理解できない。
「何回言えば気が済むの!」
今まで仕舞い込んでいた感情が溢れ出し、舞花は遂に怒鳴り始めた。
まずい……!
状況は深刻だ。あまり大声を出すのは良くない。桜咲家の人に気付かれてしまう。
そしてもう一つ、舞花は怒り出すと暫く落ち着かない。元より癇癪もちなのもあるけれど、今回は以前とは比べ物にならないほど感情が昂っている。美里であっても、こればかりは止められない。
「死んでもいい。この家に生まれてくる子の未来のためなら、私は何だってやる! 桜咲家の名にかけて、あの人のよう、に……」
途端に舞花の声が弱々しくなる。震える唇と頬を伝う冷や汗は、まるで私たちへの警告のようだった。
嫌な予感は見事に的中する。舞花の背後ーー鉄格子を隔てた先には、紅色の着物姿の女性が立っていた。
並ぶ二人の面影が重なる。まさしく、彼女は舞花の母親だ。
「何をしているの、舞花」
娘を相手にしているとは思えない冷ややかな口調で母親は尋ねた。舞花の手足が震え出す。この空間は、ただ緊張感に満ちている。私はとりあえず身構えた。美里も私の動きを見て察したようだ。
「この子たちは誰」
二つ目の質問でも、舞花は下を向いて黙秘を貫いた。答えないのは私たちを守るためなのか、それとも自己防衛か。或いは両方か。
母親が溜息を吐いて懐から鍵を取り出し、鉄格子の扉を開けた。私は一歩下がって様子を見る。心臓が大きく鳴るのを感じる。
舞花を通り過ぎ、母親は私たちに迫った。ゆっくりと後退るが、隅まで来れば、もう後がない。
もしかして、この場で殺される……!?
ゾワゾワと背筋に寒気が襲う。
此処に来た瞬間から気付いていた。畳に幾つもの赤っぽい色のシミ、何らかの刃物で切り裂いたような痕が残っていること。舞花の腕に傷が付いていたことを。
「貴女たちは舞花の命と自分たち二人の命、どちらを選ぶのかしら?」
口元が凍りついたように動かなかった。そんなの選べる訳がない。選択した方が何かされる。最悪の場合は命を失う。どちらを答えても結果的には同じ事だ。
だから黙っておく。それが最善だと判断した。美里は基本、私に合わせてくれるので大丈夫だろう。問題は母親の方だ。
「答えないのね……なら」
母親が私の首に向けて右手を振りかざした。それを察知した私は動く。身をかがめて難なく躱すと、右足を斜め上に伸ばして母親の横腹に一撃を食らわせる。
「ぐ……っ」
お腹を押さえながら母親がよろめいた。この瞬間がチャンスである。
「美里ちゃん!」
今度は私の掛け声に即座に反応した美里が動く。その場で飛び上がり、母親の首に手を伸ばす。ドッと力の籠った音がして、母親が倒れた。念のため確認したが、幸い気絶しただけだった。
「ありがとう美里ちゃん。お蔭で助かった」
美里がニコリと笑って頷く。最後の一撃は本当にかっこよくて、なかなかの見物だった。これがギャップなのだろう。
「……水音ちゃん」
絞り出すような声で舞花は私を呼んだ。畳の上で姿勢よく正座している彼女の目からは、大粒の涙が零れていた。
「ごめんなさい。私のために此処まで来てくれたのに、迷惑かけてばっかりで……美里も、ごめん」
少し前まで対立していた美里は、舞花の傍に駆け寄って声をかける。
「もういいの。謝らないで、舞花」
正装のポケットから取り出したハンカチを舞花の目元に当てる。
「独りはダメ。私たちにも協力させて」
舞花は首を縦に振ると、立ち上がってタンスを開けた。中から出てきたのは、制服を持っていない小学生の白天士に配布された服だ。
「まずは此処を出るよ」
私と美里は顔を見合わせて頷いた。舞花も自信満々な顔で頷くと、部屋のカーテンの裏に入って着替えを始める。やっと通常運転の彼女に戻った気がする。
善良の木陰路を抜けて外に出た。まだ空は青く明るい。夕方になれば、織火に与えられた二つ目の仕事、悪魔を討伐する時がやって来る。
「ねえ、舞花。家から出て、ここからどうするつもりなの?」
「うーん……家に居たら危ないと思って、とりあえず出てきちゃったからなあ……」
この先はノープラン。舞花らしい考えだ。
結局、桜咲家の人間に追われたら面倒だということで、少し離れた所にある喫茶店に入った。それぞれ飲み物を頼んで、これからについて話をすることにした。
「……あ、通信回復。水音さん、美里さん、舞花さん。ご無事で何よりです」
紅茶を啜っていると、私の腕時計の依雲が喋り出した。最初の「通信回復」という呟きが引っかかる。
そういえば、桜咲家の中では無言だったな。
「何かあったの?」
私が訊くと、依雲はこの短時間の出来事を要約して話してくれた。
「それが、お二人が隠し通路に入った途端に通信が遮断されまして……たった今回復したところなのです。何をしても駄目でしたから、とても不安でした」
白天士の腕時計は特注品で、森の中、水の中、殆ど何処でも通信可能なのだが、桜咲家では繋がらなかったという。
……まさか。
「依雲ちゃん。今すぐ悪魔の居場所を特定して。 できるだけ広範囲でお願い」
「……分かりました」
疑問に思いながらも聞き返さず、依雲は言う通りに仕事をこなす。数分で読み込み画面は消えた。
「位置情報の特定、完了しました。桜咲家内部に潜伏しているようです」
「……え」
クリームソーダを飲んでいた舞花が目を剥いた。美里も同じく硬直している。それもそうだ。見知らぬ内に、舞花の実家に悪魔が潜伏していたのだから。
「どうして分かったのですか、水音さん」
「えっと……勘?」
「勘!?」
三人の声が綺麗に重なった。そう訊かれても答えるのは難しいのだ。通信障害が起きた事が悪魔による影響だとしたら。そう、なんとなく考えただけで。昼間でも建物の中に隠れている場合がある事を思い出しただけで。まさか当たるとは思わなかった。
「あの、依雲ちゃん。この時間から悪魔討伐はできるの?」
「美里さん、いい質問ですね。今の時間帯ならば悪魔は外に出られないので可能ですよ。活動範囲が室内に限られますので、戦闘も有利になるでしょう」
舞花が「へー、初めて知った」と納得したように言う。これに関しては勉強していなかったから有難い。
「ただし、悪魔の居場所は桜咲家の中としか把握できていません。細かい事は分かりませんし、悪魔が内部の人間ごと巻き込んで味方に付けている可能性もありますから、くれぐれも気を付けてください」
私と美里は相槌を打つ。しかし舞花は「待って」と口を挟んだ。
「それはつまり、私の家族も敵の可能性があるってこと?」
画面に映る依雲はゆっくりと首を縦に振った。舞花の表情が不安と焦りで埋め尽くされる。クリームソーダを一気に吸い上げた。
「うっ……ゴホッゴホッ」
案の定、舞花は噎せた。原因は一つ。一気飲みだろう。
「舞花、大丈夫!?」
隣に座る美里が、すかさず舞花の背中をさする。相変わらず面倒見がいい。お母さんみたいだ。
私はおしぼりを取って渡した。それを美里が受け取り、舞花の口に当てる。段々と様子も落ち着いてきた。
「ごめん美里……慌てちゃって」
「もう、心配になるから気を付けてよ〜」
そう言いつつも、美里はとても嬉しそうだった。私と居る時には見せない表情だ。彼女にとって、舞花は本当に大切な人なのだろう。私の場合は家族だけど、どちらも大切である事には変わりない。
「二人とも仲いいんだね」
「うん! 小さい時からの親友なの」
言ってみたかったなあ、そんなこと。
それは友達すらいなかった私が、心から思った瞬間だった。




