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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第二幕 呪われた街
24/60

善良の木陰路

「……実はね、私も舞花の家には入ったことがないの」

美里から直接そう聞いて、私は桜咲家への侵入は避けられないと分かった。

これまでの話を思い出しても、この家は他とは違う。子供に対しても厳格で、自分たちより下の身分の人への当たりが強い。懸命に生きている人を下に見るような家であった。



インターホンの音が止んで数十秒後、漸く「どちら様でしょうか?」と尋ねる声が聞こえてきた。私が一歩前に出て、挨拶をする。


「こんにちは。私は舞花さんの友人の、佐倉水音と申します。こちらにいるのが、同じく友人の不知火美里です。舞花さんに用事があるのですが、いらっしゃいませんか?」


私が質問をして少し経ってから、「舞花様は自室でお休みになっておられますので、今日の所はお帰りいただけますか」と追い出す気満々の返答が来た。


「至急、本人にお話したい事があるのです。此処を通していただけませんか?」

質問に質問を連ねる。私がギリギリまで粘り、インターホンを通じて言い合いをした。しかし交渉は上手くいかず、桜咲家の門をくぐり抜けることはできなかった。



私たちは一度、桜咲家から離れて昼食を摂ることにした。依雲のナビで、一番近い天ぷら屋に来た。桜咲家ほどではないけど、立派な和風の建物だ。

扉を開けて中に入る。紺色のエプロンに三角巾を着けた女性店員が、こちらに気付いた。


「いらっしゃいませ……二名様ですか?」

店員は物珍しそうな顔でそう尋ねた。驚くのもおかしくない。子供はファストフード店などでない限り、此処のような大人向けの店には入らないだろう。


私が店員の問いに頷くと、美里が不安を感じたのか、こう訊いた。

「あの、子供は入店できない所でしたか」


しかし店員は、「大丈夫ですよ。席にご案内しますね」と営業スマイルを浮かべて歩き出す。切替の早い人で助かった。


案内されたカウンター席に座り、二人でメニューを広げる。墨で手書きされた“おしながき”は初めて見た。店内に飾られた樫の看板も、瓶に生けられた花々もかっこいい。

初任給が出るまで、お金を払うのは当主の役目。だからメニューは依雲に指定してもらった。お手頃価格の天ぷら定食である。


「お待たせしました。こちら、天ぷら定食でございます」


十分程度で料理が運ばれてきた。白米に味噌汁、色とりどりの天ぷら。どれからも湯気が立ち上り、いい香りが漂っている。

見た目通り、味も良かった。天ぷらは揚げたて。口に入れて噛むと、衣からサクサクと音がする。そのまま食べても美味しいけれど、ソースをかけると、また違った味わいが楽しめる。天ぷらを食べる量に比例して、ご飯がどんどん減っていった。


値段以上の美味しさに、無言のまま食べ終えてしまった。まだ食事中の美里を横目で見ながら、私はこの後について話を振る。


「美里ちゃん。予想通り、正面突破は無理だったから、裏口から侵入を図ろうと思うんだけど、どうかな」

「それなら私に任せて〜。内部の人間には絶対にバレない隠し通路があるから」


「……なんで、そんなこと知ってるの?」

私はいつもの美里の口調に戻って安心しつつも、違和感に気付いて指摘した。



「……実はね、私も舞花の家には入ったことがないの」

美里は間違いなく、そう言っていた。家に入ったこともないのに隠し通路を知っている。これは矛盾していると言える。


私の質問に、美里は箸を握ったまま、微かに目を逸らしながらも両手を横に振った。

「えっと、ね。私は正面から入ったことがないだけで、舞花の家は何百回と行ってるの。ごめんね〜……言葉が足りなくて」


明らかに動揺した様子で美里は謝った。舞花に会うため、彼女は過去に幾度も侵入を繰り返していたらしい。それは犯罪なのでは、と思ったけれど、舞花の許しが出ているので、一応セーフだったりするのかもしれない。


「だから大丈夫だよ〜、水音ちゃん。私が食べたら行こう。きっと舞花が、家で待ってくれてると思うから」

舞花との再会を待ち望む美里が浮かべた笑顔には、寂しい感情が混ざって面に出ていた。私は深く頷く。お腹も膨れた。これならば、全力で侵入できる。聞こえは非常に悪いが、あくまで仕事なので気にしない。


美里が食事を終えてから、腕時計のキャッシュレス決済機能でお金を払い、私たちは桜咲家への道を戻る。今回は美里を先頭に、隠し通路に向かった。



高い塀に囲まれた桜咲家。その裏の道路の中心で、美里の歩みは止まった。足元には、桜の花が描かれたマンホールがある。


「これが隠し通路の入口だよ。見た目は普通のマンホールだけど、蓋が軽くて、持ち上げやすいの」

美里が話しながら、軽々と蓋を開ける。中を覗くと、深くまで梯子が延びていた。奥からは薄く光が漏れている。通路には、ちゃんと灯りもあるようだ。


「舞花から聞いた話だと、此処は桜咲家の人間に信頼されている者だけが通れる『善良の木陰路(こかげみち)』と呼ばれているみたい」

「善良の、木陰路……」

美里の話したことを復唱する。かっこいい名前だ。何時からあるのだろう。誰が何のために造ったのだろう。気になる所は満載だ。


「水音ちゃん、先に私が行くね。暗闇が不安なら、腕時計で懐中電灯機能を作動させておくといいよ〜」

「分かった。ありがとう」

「お二人とも命綱はありませんので、足元には十分に注意してくださいね」


依雲から助言を貰ったが、余計に緊張してきた。命綱が無い。即ち、落下すれば死ぬという事だ。こんな所で死んでしまったら、元も子もない。

そう考えている間にも、美里は着々と奥へ進んでいた。腕時計の白光が動いている。舞花に会う時、美里は必ず此処を通っていたらしく、梯子を降りるスピードも速い。


地上で待機する私の不安は募る。そろそろ頃合いだ。私も下に行かなくてはならない。


大丈夫、足を踏み外さなければ大丈夫、悪魔と戦うよりマシ……!


胸の内で自分に言い聞かせながら、懐中電灯機能を作動させ、梯子に足をかける。鉄製だからか、表面がひんやりとしている。力を入れても振動しない安定した梯子で一安心だ。

ある程度、下に降りてから蓋を閉める。足元を確認して、一段ずつ最奥に近づいていった。



約十メートルにわたって梯子を降り続け、漸く奥まで来れた。

「お疲れさま〜」

下では美里が待ってくれていた。彼女の背後に細いコンクリートの道がある。天井には電球が等間隔に取り付けられていて、視界が明るい。此処からは懐中電灯機能の必要はなさそうだ。


「この道を直進した先にある螺旋階段を上がれば、舞花の部屋の押し入れに繋がる仕組みなの。此処は大丈夫だけど、地上に近付くほど物音が聞こえる可能性が高まるから気を付けてね〜」

「りょ、了解」


美里は恐れをなすことなく先を行く。

もし桜咲家の人に気付かれてしまったら、最悪の場合は警察沙汰になるかもしれない。そう思うと、梯子を降りる時より更に緊張感が増した。

私は、呑気な美里の背中を追いかけた。



『善良の木陰路』も、いよいよ終盤に差し掛かる。ここで再び、懐中電灯機能の出番だ。百段は余裕で超えているだろう螺旋階段を慎重に上った。横に手すりがあるお蔭で、梯子よりも比較的安心だった。


やっとのことで頂上に辿り着いた。今度は短い梯子があり、その上には正方形の扉が取り付けられている。あの先が舞花の部屋の押し入れなのだろう。これぐらいの大きさなら、人間一人は通り抜けられそうだ。


美里が梯子を上って扉を開ける。そのまま地上へ出ていった。私も同じようにして地下から出る。押し入れに到着だ。

天井は低いものの、中に布団が敷けるくらいに広い。戸の隙間から光が漏れていて、少しだが明るく感じる。


「とりあえず様子を見てみるから、ちょっと待ってて」

私は「うん」と声を出そうとしたが、なんとか抑えて頷いた。


襖を数センチ開けて、美里は押し入れの中から様子を窺う。彼女の目は、いつになく真剣だった。ここまでして舞花に会おうとする、その行動力は見習わなければと思う。

一分ほど経ち、美里が真剣な瞳のまま私に親指を立てて向け、「出てもいい」という合図をくれた。私は油断せず、できるだけ物音がしないように意識して動いた。


ゆっくりと押し入れを出る。畳の匂いがした。部屋に差し込む太陽の光が眩しい。

自分の目が明るさに慣れてきた頃、正面に見える光景に息を呑んだ。



和室を隔てるのは襖ではなく、銀色の鉄格子と鍵付き扉。この空間の名は部屋ではなく、まるでーー。


「……座敷牢」

その言葉が、最も妥当だった。

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