表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第二幕 呪われた街
22/60

後悔

実家のある住宅街に人影は一切なく、静寂に包まれていた。でも空気感は至って普通で。悪魔の気配も感じ取れない。

本当に花彩が此処にいるのだろうか。いよいよ依雲の情報が怪しくなってきた。


実家に到着した。試しに扉を引いてみた。まさかとは思ったが良かった、ちゃんと施錠されている。持って来た鍵で扉を開けた。

玄関には花彩のスニーカーが揃えて置かれていた。何処へ行くにも履いていた桃色の靴は、当時より色褪せて見える。

……来てる。その事実を確認し、少しばかり嬉しくなった。

玄関も廊下も殆ど変わらない。気になったのは、あれだけ時間が経っても埃を被っていないことだ。


靴を脱いで両手で揃える。これぐらいの礼儀はまだ体が覚えていた。きっと花彩もそうだろう。

なんとなく下駄箱の戸を開けると、家族全員のブーツやサンダルが並べられていた。もう履くことは無いのか。そう考えると、胸が締め付けられる思いだった。

廊下を進んだ先ーー居間から聞こえるのは掃除機の音。家具を引き摺るような鈍い音も響いていた。掃除機の音が止まる隙を見つけて、居間に駆け込んだ。ドアを勢いに任せて開ける。

あの時と一緒だ。


「うわっ! びっくりした……。やめてよ水音、心臓に悪いわ」

「ご、ごめんなさい」

花彩が安堵のため息を漏らす。エプロンに三角巾と、主婦の装いがよく似合っている。母に似て美人で羨ましい。

「何だか顔色が悪いけど、大丈夫?」

掃除機を床に置き、花彩は私の額に手を当てる。氷のような冷たさに、一瞬だけ鳥肌が立った。

「大丈夫。大丈夫だよ」


ただ、少し思い出してしまっただけで。

異様な空気感に焦る気持ち。化け物を見ては募る恐怖心。肉親の無残な姿。

全て脳裏に刻まれていた。それを望んだ訳でも無いのに。どちらかと言えば、綺麗に忘れる方が本望だったのに。


「ごめんね。あの時、助けに行けなくて」

花彩が謝罪の言葉を口にする。あの時とは襲撃の事だと気付く。

話はそれで終わりではなかった。

「学校を出て家に帰った後、夕飯の買い出しのフリして白天士の救援に行ったの。それが終わった時、織火様から連絡をいただいた。『お前の家が彼奴等に襲われた』って」

だから花彩は不在だった。

「『妹は無事だけど、父親は亡くなった。母親と弟は彼奴等に誘拐された。もう少し早く来ていれば良かったのに、ごめんな』って謝られて。織火様は悪くないのに、何度も何度も言われて……」

言葉を濁して続ける。

「水音に、皆に申し訳なくて。合わせる顔もないし、行方不明扱いにしてもらっていたの。結局、迷惑かけてばっかりね」

涙ながらにそう言う花彩だって悪くない。言いたいことは頭の中で固めているのに、口に出せないのは何故だろう。

「だからこれは、せめてもの償いというか、月一回は掃除しに帰ってるの。家具は幾つか破壊されて床の傷も多いけど綺麗になった。後は仕事で返す。必ず仇を討つ」

花彩は申し訳なさそうに言った。


責任を感じているのだ。自分が助けられる程の力を持っていながら、それを肝心な時に使えなかった。家族を守れなかったことを悔いている。独りで背負っている。

「家族思いだ」と沢山の人に言われてきた私だけど、一番大切に思ってくれているのは、花彩の方だった。「長女だから」という特別な理由は無く、本心で。

家族のことが何よりも大事。でも守ることは出来なかった。それは私も同じだ。


「お姉ちゃん。私にも掃除させて」

私が右手を差し出す。花彩は目を丸くした。涙が止まる。

「私も、お父さんを助けられなかった。お姉ちゃんと同じだよ。だから手伝うの。私だって、この手で仇を討ちたい」

この罪を償いたい。その旨を伝える。花彩は納得したように笑い、新品の雑巾を手渡してくれた。

「お互い頑張ろうね」

そう誓って。

 


掃除を終え、家中がピカピカになった。気付けば腕時計の針は三時を指している。その拍子に、そういえばお昼を食べていなかったのを思い出した。

「お姉ちゃん、私そろそろ行くよ」

「そう。私は荷物の整理したら帰るから。白天士とはいえ、くれぐれも気を付けて」

「お姉ちゃんもね」

次に会えるのは、ひと月後だ。水色のスニーカーを履いて外へ出る。背後でゆっくり扉が閉まるのが分かった。



花彩と別れ、この後の予定を考える。

私は【白天】に帰って織火に報告だ。その前に昼食を食べたいところ。この時間でも食堂にご飯は出るだろうか。

此処には人がいない。移動スキルを使っても問題ないだろう。


……あれ? 何で人がいないの?


浮かんで当たり前の筈の疑問に、今更ながら気が付いた。何で今まで分からなかったのか不思議なくらいだ。

本当に誰もいないのか。信じられなかった私は、この目で確かめようと住宅街を駆け回った。


結果、一人も見つけられず終わった。

これも念のため報告しよう。

心に決めて、移動スキルを使用する。


移動・水【水龍】


天力を巡らせ手に籠める。スキル名を脳内に浮かべると、速攻で龍が現れた。水によって生成されたこの龍は、冷たく柔い。何とも不思議な感触なのだ。

「【白天】に繋がる場所まで頼むね」

龍に跨り、そっと頭を撫でる。純粋無垢な瞳が此方を向いたと思えば、龍は空へ高く舞い上がる。青空の下から見ても、やはり人の姿は少ない。


龍は段々と飛行スピードを上げ、加速していく。木織の絨毯を軽々と超えている。まるでジェットコースターだ。遂には周辺の残像しか見えない程に速くなって、幾度も舌を噛みかけた。胴体にしがみ付き、飛ばされそうになるのを必死に耐えた。

天力を注ぎ込み過ぎたのかもしれない。どうやら量の調整に失敗したらしい。以後気を付けなければ。


森に近付いて、やっと停止した。へろへろの状態でなんとか降りると、龍はシャボン玉に変身し、一瞬で弾けて消えた。いつもなら「ありがとう」とお礼を言って撫でてあげるけれど、今日はそんな余裕もない。



森に入れば360度、木々に囲まれる。一分も待たずに案内役が来た。今回は蝶だ。光を帯びた白き蝶は、道端に咲いた色とりどりの花々に止まり蜜を吸う。それを繰り返して、少しずつ前進していった。

蝶が消えたと同時に【白天】へ到着した。太陽の光が差し込み、思わず目を瞑る。


眩しさに慣れてきた頃、門の前で女の子が立っている姿が見えた。案内役の蝶を出してくれたのは、多分あの子だ。

走って門に近付けば、女の子の容姿が段々はっきりと見えてくる。

美里だった。だいぶ落ち込んでいる。

「美里ちゃん、案内ありがとう」

少し声を張ってお礼を言う。すると美里は此方を見て、大粒の涙を零した。

明らかに様子がおかしい。


……何も余計なこと口走ってないよね?


そんな考えが頭をよぎり、念のため記憶をリプレイしてみる。私はお礼をしたまでだ。他は何もしてない。

自分の言動が確認できた所で、ポケットを探りながら彼女に駆け寄る。

「大丈夫?」

美里にハンカチを手渡す。彼女は素直に受け取った。涙を拭う細い腕は白く、訓練をしている筈なのに弱々しい。

「どうしよう水音ちゃん」

美里は酷く混乱した様子だった。そして拭いても拭いても、涙は枯れず流れてくる。

「ゆっくり。ゆっくりで良いよ」

そう言って私が優しく肩を叩いてあげると、落ち着いたように静かに息を吐く。涙だけは止まらず零れ落ちた。

「ま、舞花が……いなくなっちゃった」

「えっ」

それ以上にかける言葉など、一瞬では浮かばない。私も混乱状態に陥った。


美里の話によると、舞花は【白天】に戻って来た後、忘れ物をしたと言って実家に帰ったらしい。そこから連絡が途絶えている。

舞花の腕時計に搭載されたGPSも機能を失っていて、位置の把握すら不可能だそうだ。

さらに舞花の失踪は、既に【白天】全体へと知れ渡っていた。勿論、織火と木織にも。


「今は当主様とキンハ(※緊急派遣白天士の略称)さん達が緊急会議中なんだけど、私は何も出来なくて……」

居ても立っても居られなかったのだと、美里は自身の心境を明かした。それで私を頼った、とも教えてくれた。


力になりたいと、心の底から思った。歳の差はあれど、舞花と美里は私の友達であり、仲間なのだ。

「一緒に考えよう。私たちに出来ること」

私は両手で美里の手を優しく包む。握るのではなく、包み込んであげる。

「私たちは、もう弱くないよ」

まだ未熟ではあるけれど、もう後悔したくないから。

「ありがとう」

絶望に満ちていた美里の瞳は、徐々に希望の光を取り戻しつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ