おまたせ
テストが返却されて一日後。今日は待ちに待った特別講義がある。内容は空中戦の攻略法。専門の先生が、わざわざ【白天】まで教えに来てくださるということで、今朝は食堂でも講義室でも、その話題で持ちきりだ。
「先生どんな人だろう」
「こういうのワクワクするよねえ」
隣の席の美煉と他愛のない会話をしていると、画面に依雲が現れた。
「皆さん、お静かに。特別講義を始めますが、準備はいいですか」
「はーい」
みんなの元気な返事が、部屋全体に反響する。珍しくやる気満々だ。依雲はその様子を見て嬉しげに頷くと、「せんせー」と棒読みで誰かを呼んだ。
「ヘイッ!」
バァン!
講義室の扉が勢いよく開く。入って来たのは子供。まだ五歳ほどの幼い外見をした女の子は、狭い歩幅で教壇まで歩いていく。やっと教壇まで来たと思えば、今度は事前に用意されていたのであろう踏み台の上に立った。ちなみに、彼女が来てから台に立つまで、既に三分以上かかっている。
「どうも〜!“天使ちゃん”だゾ☆」
「……………」
恐ろしく長い沈黙が続いた。暫くして、また彼女ーー天使ちゃんは声を上げる。
「なあに、そのはんのう。アタシは、いだいなるてんかいのツカイなのに」
彼女は頬を膨らませながら怒っている。子供なのに、どうも可愛くないのは何故だろう。
そもそも“てんかい”とは、天界という上空にある世界の名前。天使の住まう、いわば活動拠点である。そうテスト前に勉強した。
天使は昔から悪魔と敵対し、歪みあって来たそうだ。しかし、ある時を境に、悪魔は標的を人間に転換した。同胞を増やすためだ。それを知った天使は、今以上に敵が増えることを危惧し、人間に手を貸した。
それからだ。悪魔と人間が争い出したのは。最初に狙われた国は中国。人口が多いことが理由だと推測されている。そこからアメリカ、ヨーロッパの国々と次々に移り変わり、ついに最近、日本へ来た。
「先生。皆さんが混乱してますよ」
この子、先生なのか。誰がどう見ても幼児なんだけど。
「あ。ごめんなさい、いくもちゃん。うん、まずはしつもんをうけつけよっかな」
それに即反応し、舞花が真っ先に手を挙げた。是非とも質問させて欲しいという気を感じる。依雲が舞花を指名すると、すぐさま立ち上がって、大きな声で尋ねた。
「あなた本当に先生ですか!」
みんなが訊きたいけど躊躇してしまうド直球な質問を、舞花はサラリと言い放った。天使ちゃんはどんな反応をするのか。
怒られるかと思いきや、「そうだよ?アタシはウソつかないから」とストレートに答えられて終わった。今まで何度も訊かれた事があるらしい、慣れた口調だった。
次は流文。しかし質問ではなく、「早く攻略法を教えてくれ」という要求だった。天使ちゃんは素直にそれに応えてくれた。
「くうちゅうせんは、そらをとぶとゆうりなの。てんりょくでいどうスキルをつかうのもアリだけど、おんぞんしないとふりになるし、二つのスキルはへいようできないんだよ。だから“空吸”がつくられた」
依雲によると、“くうきゅう”とは空を飛ぶための呼吸法で、漢字で空吸と書くそうだ。天使ちゃんが詳しい方法を説明してくれた。コツを掴めば簡単だという。
まずは天力を胸のあたりから出して、下半身に流す。移動スキルの時は手だけど、今は足に集中させる。ホイップクリームを絞るイメージで、慎重に流した。
ある程度天力が溜まったら、足に体重をかけて勢いよくジャンプする。二メートルほど上昇できた。ここまでは上手くいってる。
空中に飛び出たら、足に溜めていた天力を体全体に巡らせる。最終的には上半身に溜まるように、速く流す。これを継続しながら体を動かして飛ぶのだ。
試しに辺りを飛び回ってみる。一気に体が軽くなったようで、気持ちがいい。他の子たちも、空中で鬼ごっこをして遊んでいる。楽しそうだ。
「美煉ちゃん、私も入れて」
「いいよお」
みんなに混ざり、鬼から逃げた。捕まると鬼を交代して追いかける。おかげで体を捻って避けたり、飛行速度を上げたり、調整もできるようになったし、飛ぶのにも慣れてきた。
「はーい、みんなもどってきて」
天使ちゃんが呼んでいる。全員が床に降りて、席についた。
「ぜんいんできたみたいだね。おめでと!さいごのしけんもガンバ☆」
天使ちゃんは走って講義室を出て行く。天使なのに飛ばないらしい。扉がバァンと勢いよく閉まる。急に静かになった部屋が、寂しく感じられた。
「まあ、そういう訳で特別講義は終了です。第二試験まで二ヶ月を切りました。空吸を存分に生かして頑張ってください。解散」
依雲が画面から消える。彼女に代わり、木織が映った。久しぶりに姿を見た気がする。
「みんな、こんにちは。長期出張から戻りました、木織です。水音ちゃん、麦ちゃん、流文は、ご褒美をあげるのでモニター室に来ること。待ってるよ」
木織が手を振った所で、画面は元に戻った。
ご褒美。第一試験で悪魔を倒した報酬だ。すっかり忘れてた。みんなが寮に帰る中、私と麦、流文は話をしながら、寮と反対方向にあるモニター室に向かった。
「ご褒美なんだと思う?」
いつもは物静かな麦が、自分から話しかけてきた。ご褒美が楽しみなのか、嬉しそうな表情が可愛い。
「正直、予想できないかな。朝霞君は?」
「……プリン」
意外な答えが返ってきた。こっちも可愛い。
「師匠が出張土産でよく買って来るんだ。値段は高めだけど美味いよ」
「師匠って?」
「木織。俺の尊敬する、誰よりも強くて優しい人だ」
流文の表情が柔らかくなる。今までにこんな眩しい笑顔は見たことがない。師匠である木織のことが大好きなのが伝わってきた。
もうちょっとだけでも話を訊いてみたかったけれど、モニター室に到着してしまった。扉をノックして、中に入る。依雲と木織が会話している最中だった。此方には気付いていないらしい。
「もう一つ食べてもいいですか?」
「駄目。流文たちの分だから」
モニターから少し離れた所で、依雲がテーブルにティーセットを広げていた。椅子に座って紅茶を嗜み、ほっと一息ついて、やっと私たちに気が付いた。
「み、皆さん!いつからいたんですか!」
「もう一つ食べてもいいですか、の所の少し前からですね」
麦が正直に答える。すると依雲は顔を真っ赤にして、椅子からドスンと落っこちた。普段は見かけないドジっぷりに、私たちは吹きそうになる。木織はというと、我慢することもなくゲラゲラ笑い飛ばした。
依雲はその様子に怒鳴ったりはせず、こほんと咳払いして切り替えた。元の真面目な彼女の顔になる。
「先程は恥ずかしい所をお見せしました。お詫びと言っては何ですが、これを」
手渡されたのは水筒とプラスチックコップ。コップは三つある。
「中身はアールグレイという紅茶です。木織様のご褒美と一緒にどうぞ」
今度は木織から紙箱を受け取る。
「ご褒美は僕が名古屋で買ったお土産だよ。何が入っているかは開けてからのお楽しみ。三人でこっそり食べてね」
彼が人差し指を唇に当てる。私たちは頷いて、モニター室を出た。
寮への帰り道。貰ったご褒美を見つめ、私は考えていた。木織にこっそり、と言われたけれど、何処で食べよう。箱に生洋菓子と記載があったから、食べるなら今日中が望ましい。いい場所はないだろうか。
そう思っていた時、ちょうど流文が言った。
「あのさ。提案なんだけど、土産は彼処で食べないか」
彼が指を差す。その先に見えるのは、寮だ。寮にはみんながいるから速攻でバレてしまうのに、何故わざわざ彼処を選ぶのか。私と麦は顔を見合わせて、首を傾げた。
「屋根の上とか、どうだ?」
お知らせ
①今後、個人的な事情により、今回のように投稿が大幅に遅れる場合があります。その際はご理解いただけますよう、宜しくお願いします。
②20章にて第一部が終了し、21章からは第二部が始まります。どうぞお楽しみに。




