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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第一幕 はじまり
12/60

たった一秒

第一試験が中止されて二週間が経過し、訓練と講義を繰り返す日々に戻った。以前と変わったことといえば、訓練はより厳しく、講義は難しくなった。特に朝の走り込みは敷地内を何十周も走るから辛い。さらに十月に入り、肌寒いため憂鬱。みんなして外に出るのを躊躇う。今も寮の食堂で、朝食を摂りながらその話をしている。


「走り込みを朝にやる必要性って何?」

舞花がサンドイッチを噛みながら尋ねる。彼女は寒さに弱いらしい。

「そんなこと訊かれてもな〜」

美里が曖昧に返事して、舞花のお盆に乗った桜桃を取る。一口で食べてしまった。


「あ、美里! 私のデザートォ!」

「舞花は食べるの遅すぎ〜。私も美煉も、水音ちゃんも食べ終わってるよ」

「まだ食べてるの私だけじゃないし!」


あれ見て!

舞花が指を差す。そこには目を輝かせながらサンドイッチを味わう麦がいた。横では彩奈がテーブルに伏せている。途中で顔を上げて麦の様子を見た途端、また伏せてしまう。


「麦ちゃん、パンが大好きらしいよ。ここ最近の朝ご飯はお米だったから、嬉しいんだろうねえ」

美煉の言葉に「なるほどね」と私が返す。第一試験の時、乾パンを持って来ていたのも納得がいく。もう一度様子を窺うと、麦の目は一層眩しく輝き、いつもの物静かな雰囲気は何処かにいってしまっている。


「ほらね!」

舞花がドヤ顔で主張する。

「いやいや、遅刻したら依雲ちゃんに走り込み一周追加されるよ〜?」

「舞花ちゃん、それでもいいの?」

「それだけは絶対やだ」

舞花が食べるスピードを上げた。すごい手のひら返しだなと思いつつ、私は立ち上がる。麦に声をかけることにしたのだ。遅刻して走る量が増えるのは、誰だって嫌だろうから。



「麦ちゃん」

「あ、おはよう」

パンをはむはむしながら麦が挨拶してくれる。そういえば敬語やめたんだっけ。今更ながらそう思う。私に打ち解けてくれているようで嬉しい。


「早く食べないと、走り込み遅刻するよ」

「え?」

麦は首を傾げて、優雅に牛乳を一口飲む。

「今日は一日実技の講義だから、走り込みはなしって聞いたよ」

「え?」

今度は私が麦と同じ反応をする。すると、私と麦のやり取りを聞いていた舞花が突然立ち上がった。


「ナニソレ聞いてないんですけど⁉︎」

「さっき依雲ちゃんから連絡なかった?」

私、舞花、美里、美煉の四人で一斉に腕時計をチェックする。連絡通知はない。

「どゆこと⁉︎」

「分からない」

美煉がプチパニックに陥っている。私もだ。何で連絡が来ないんだろう。



「……今、何時?」

テーブルに伏せていた彩奈が顔を上げて呟いた。ふぁ、と欠伸を一つする。麦の食事中、暇で寝ていたらしい。

「七時十分だよ」

麦が時間を伝えると、彩奈は「えっ」と冴えた声を出した。

「講義あと五分で始まるじゃん」

「えっ⁈」

この場にいる全員の声が裏返る。腕時計の話をしている場合ではなかったようだ。


麦は仕方なさそうに食事を口の中へ放り込み、みんなは急いで支度を済ませる。そして訓練所まで全速力で走った。


その最中。


「そうだ、名前聞いてない。教えて」

彩奈が私たちに訊いてきた。すると「この状況でよく訊くね⁉︎」と舞花がツッコむ。

「彩奈はマイペースなので……」

「しょうがないよねえ」

麦と美煉が能天気に言う。割と呑気だ。

「話はいいから早く!」

私が声をかけると、みんなハッと気付いたように我に帰る。


私は大体こういうポジションだ。全員の状態を把握して一気にまとめ上げる、リーダー的な立ち位置。自分はその位置にいるのが一番向いているのだと、寮生活の中で分かった。



ダッシュで訓練所の講義室に駆け込む。

「残念でした。一秒遅刻です」

一秒。その言葉だけ、やけに重みがあった。スクリーンに映る依雲が悪戯っぽい笑みを浮かべる。怒ってはいない。その表情が、舞花の怒りスイッチを押してしまった。

「一秒遅れただけなのに、何で許してくれないの!」


「その一秒が、運命を左右するからです」

依雲は先程とは一変して、真剣な顔をする。


「白天士は悪魔から人を救う時、間に合わずに自分の目の前で死んでいってしまうことがあります。そうなると、一秒でも早く来れば良かったと後悔するのです。そうしたら助けられたかもしれないのに、と」

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()語る依雲は、いつにも増して暗い顔をしていた。流石に舞花も反論しない。


「ごめんなさい」

真っ先に謝ったのは美煉だった。

「遅刻したのは事実だけど、理由があって」

彼女が全て事情を説明してくれた。私たちは黙って聞く。

「それなら許しましょう。時計はすぐ直します。ちょっと待ってくださいねー」


突然スクリーンが波打ち、画面が歪む。するとカツン、と音がした。

「時計を見せてください」

「依雲、ちゃん」

私は彼女の名前を口にする。目の前の光景に目を白黒させながら。

「これが本来の私。依雲ですよ」

ひらひらしたメイド服の少女・依雲は、画面越しではなく、ただ其処にいた。


「これ壊れてます。数日で直しますので、お借りしてもよろしいですか?」

私と美煉、舞花、美里の四人は腕時計を預けた。依雲はそれらを持参してきたリュックサックに入れる。



時計問題が解決したものの、全員が今の状況を飲み込めずにいた。

「本当に、依雲ちゃんなの?」

「はい。講義をしていたのは紛れもなく私ですが、皆さんに連絡等を行っていたのは私がプログラミングしたAIです」

彼女自身がプログラミングしたのには驚いた。見た目は美煉と同い年程度だが、中一だと言われてもっと吃驚した。


「取り敢えず一件落着ということで。講義、始めますか」

彼女がスクリーンに飛び込む。再度、画面が歪み、彼女が映る。いつも見ている依雲だ。

一体どういう仕組みなんだろう、これ……。


彼女なりに切替をつけたいのか、コホンと咳払いをする。

「今日は悪魔討伐シュミレーション……いわば第二試験の練習を行います」

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