帰還
花彩はゆっくりと地面に降りて、私を下ろした。みんなが私の周りに集まってくる。
「佐倉さん、ありがとうございます。あのままだったら私たちは、きっと死んでました」
「みんな無事で良かったよ」
麦が笑う。笑顔は初めて見たかもしれない。
『みんな、よく聞け』
腕時計から織火の声がする。
『侵入した悪魔は全て討伐された。全員の無事を確認するため【白天】へ帰還してくれ』
帰還命令だ。全員が目を見開く。
第一試験は中止なのだろうか。
「まだ動けそう?」
花彩が尋ねると、俊祐だけが首を振った。
「わ、私が悪いんです!」
美煉が間に割って入る。
「私が怪我したのを、佐々木君が天術で直してくれて、それで」
「安藤、いいから」
俊祐が宥めると、美煉は口を開きかけてやめた。申し訳なさそうな顔をする。
「僕は元々、天力量が少ないんです。だから安藤の回復スキルで大半を消費してしまって、移動スキルが使えません」
「あ、だから私たちが合流した時、移動スキルなしで走ってたんだ」
「そうだよ」
美里の言葉で納得する。あの時、俊佑はわざと移動スキルを使わなかった。天力量が少ないにもかかわらず美煉の怪我を治すなんて、優しいなと思った。それに回復スキルを私はまだ使えない。彼だから出来たことだ。
「そうね。俊佑君は水音の龍に乗せてもらって。水音は大丈夫?」
「いけます!」
天力量が多い私は、まだ余裕がある。
「じゃ、帰りましょうか」
龍に俊佑が乗ったことを確認して、合図を出す。花彩を先頭に、私たちは移動スキルで【白天】へ戻っていった。
数十分後、【白天】に到着した。
「みんなお帰り。花彩、全員いるかどうか確認をお願いできるか?」
「はい」
花彩は織火の指示で名簿にチェックを入れていく。その動作が随分と手慣れていることに驚いた。
その後も、受験者が続々と【白天】に戻って来た。夜星が一番最後。遺体を運ぶため、敷地内の治療所へ寄っていたらしい。
全員が揃うと、怪我人は治療所へ、他は寮の大広間に集められた。織火が話したいことがあるのだと、依雲は教えてくれる。
大広間。椅子を用意する暇はなかったらしく、中は空っぽだった。正座をして待っていると、織火がマイクを手に前へ立つ。
「今回の件だが、死者は出なかった。怪我人はいるものの、この程度で済んで良かったと思う。みんなのおかげだ」
彼女は言葉を濁す。さっきより強くマイクを握り締める。真剣な眼差しに変わった。
「ごめん」
ただ一言、そう告げる。
「もっと強い結界を張るべきだった。彼奴等に侵入されるなんて想定外だ。今回ばかりは私が悪い。だから、君たちは第一試験を免除とする。それから水音は、試験なしで白天士になることを認める」
「な、何故ですか⁉︎」
無意識に立ち上がって、声を荒らげる。私は何もしていない。それなのに、白天士になる資格があると言うのか。
「水音が簡易武器で悪魔を討伐したんだろう? そう花彩から報告を受けたが、違うのか?」
「確かにそうですけど……」
「悪魔を討伐できる実力があるのなら、十分戦えるよ」
織火の言う通りだ。でも私は止めを刺しただけであって、一人で倒した訳ではない。あくまで私の考えだけれど、それは、実力があるとは言えないと思う。
「実力で言うのであれば、白天士に相応しいのは、麦ちゃんと朝霞君だと思います」
「理由はあるのか」
織火の視線が鋭く尖る。そこで怯みかけて、何とか止まった。
「私が来るまで悪魔と対峙していたのは二人です。武器も使わずに技を繰り出していたそうで、相当体力を消費していました。その分悪魔も衰弱していたので、止めを刺せたんだと思います」
「水音は、止めを刺しただけだと?」
「その通りです」
私が話し終わっても、麦と流文は何も言わなかった。麦はまだしも、流文は何かしら発言すると思っていたから意外だった。
一方、織火は腕を組んで、瞼を閉じている。一分足らずで目を開き、此方へ向き直った。
「分かった。三人とも第二試験は必ず受けてくれ。その代わり、今度ご褒美をやろう」
返事は?私たち三人がそう問われる。それぞれ顔を見合わせて、はいっ、と慌てて応えた。
ご褒美なんだろう。ちょっと楽しみだ。
今日はゆっくり体を休めるよう言われ、私たちは寮へ戻って来た。本当は花彩と色々話がしたかったのだが、解散後、すぐに居なくなってしまった。花彩は夜星と同じ緊急派遣白天士で、いつも忙しいそうだ。
「第二試験どうなるのかな」
部屋へ行く最中、美煉がポツリと呟く。
「そういえば織火さん、何も言ってなかったよねえ」
「そうだね」
先程の話を思い出す。織火は第二試験に関して、殆ど言及していなかった。
「私たち第一試験免除だから、試験の難易度上がったりして」
美里の冗談に、みんなが笑う。でもそれは、冗談ではなく現実となる。
夜。悪魔国、魔王城内。集会が終わり、悪魔たちは帰っていく。幹部と女のみが残された。幹部はその場で跪く。女は立ったまま、それを見ている。幹部はずっと、ある言葉をかけられるのを待っていた。
「面を上げろ、タルテー」
幹部の一人であるタルテーは顔を上げる。真っ黒な目で指示した女を見つめた。
「アルフィアはどうした?」
女がもう一人の幹部の名を口にする。
「【白天】の所有する孤島に部下を連れ襲撃に向かって以降、此方へは戻って来ておりません。彼以外は殺されてしまったと、つい先程連絡がありました」
「そうか」
女はそれだけ言うと、部屋の奥に置かれた椅子に座る。黒いドレスが擦れる音を立てて、膝を組んだ。さらに頬杖をつくと、イヤリングがチャリチャリと鳴った。
「はしたないですよ、コルス様。貴女はこの国の女王様なのですから、凛としたお姿でいていただかないと」
「いいだろう?集会が終わって疲れているんだ。それに今はタルテーしか見ていない」
「僕も見ていますが、良いのですか」
扉を開けて誰が入ってくる。もう一人の幹部であるアルフィアだ。こちらもタルテーと同じく真っ黒な瞳をしている。
「遅刻だぞ、アルフィア」
「申し訳ございません」
彼もまた、タルテーと並び跪く。
「あの娘は始末できたのか?」
「いいえ」
「まだなのか」
「申し訳ございません」
彼はまた謝る。さっきと同じトーンだ。
その態度に苛立ったのか、女は激怒した。
「あの娘は、水音は邪魔だから殺せと、何度も言ったが忘れたか?」
「……いいえ」
「だったら早くしろ」
「仰せのままに」
アルフィアは瞬間移動して消えた。
「タルテーも退がってよい。同胞を増やすことに専念しろ」
「かしこまりました」
タルテーも瞬間移動して消える。もう、部屋にいるのは女だけだ。
彼女はため息を吐く。右のテーブルに置かれた水晶玉を見つめ、ニヤリと笑う。
「早く死んでもらえないものかねえ」
水晶玉に映るのは、家族と共に笑い合う水音の姿だった。
コルス・ロナウィ。
悪魔を統べる、女王の名である。




