#002 チカとハル
※注意。チカはビッチではありません(多分)
「あ~行っちゃった…。ハルもなんで邪魔すんのよ? アイツ普段まともに連絡寄越さないし。こうやって年に何回かコッチから押しかけないと会う機会すらいないじゃないのよ」
「君がコンボイの事が好きなのはわかるけど。あまり困らせないでやってくれ」
コンボイとケンヂが外に出て行った後、チカはパイプ椅子で踏ん反りかえった。
「……気になるわよ。昔から付き合いのある私達で独り身なのはコンボイだけだし、それに未だにこんな田舎に引きこもってるし」
「…………」
ハルは俯いて鍋を箸で突いている。
「コンボイはやっとやりたい事をやれるようになったんだ。僕たちはそれを見守ってあげればいいんだよ。彼が寂しい思いをしないようにね…」
「まったく、アンタも大概よね。…それにしてもさあ~コンボイも馬鹿よねえ~? あんなに苦労してこんな場所にまで来ちゃって。あんなテレビにもよく出る家の次男坊で才能もあるって言われたのに、そんな生まれ持った環境を無駄に」
「コンボイのことを悪く言うんじゃあないっ!!」
ハルが怒鳴る。この男はとても優しい心根の持ち主で友達思い…コンボイを幼馴染みの親友と思っている。そんな彼が声を荒げる事は非常に珍しいのだ。
「……悪かった。でもさあ、チカだって知ってるはずだろ? コンボイには余裕が無かった。中学から部活も辞めて、高校は学校行事にすらろくに出れなかったろう」
「…知ってるわよ。2週間で一度もデートなんて行ける日なんて無かったしね!」
コンボイは家族から、特に両親と祖父からとても有望視されていた。他の兄弟達の比ではなかった。祖父からは道場の跡継ぎとしての鍛錬を、父親からは家業の鍛冶修行を、母親は自らの芸術家としてセンスと技術を叩きこもうとしていた。高校生になった頃の彼には既に自由な時間な無くなっていたのである。唯一、彼と親しく変わらずに接してくれるハル達に救いを感じながら。
「高校終わって、僕は大学に行って好きな会社に就職した。君は僕の子供を生んで家族になってくれた。ケンヂは色々あったけど親戚のバス会社を継いだ…けど、コンボイには選択肢どころか、家族の間で取り合いなったんだ。どんな思いだったんだろうね?」
ハルは火を弱くすると鍋の蓋を閉じた。
「覚えてるかい? あの高2の夏の、さ」
「…当たり前でしょ」
今から13年前の話だ。高校時代、ハルとチカは校門でコンボイが出てくるのを待っていた。コンボイは無理矢理母親に海外に連れていかれた時期があり、授業の出席数が不足していた。その為にその日は学校で補習を受けていた。
夕暮れ近くになった時だった、地元でも有名なチンピラの集団にチカが目を付けられていたのか、ハル達は絡まれ囲まれしまった。ハルは何とかチカを守ろうとするも数人によって殴り蹴られと散々な目に遭わされた。チカが泣いて助けを求めた時、集団の前に2階の家庭科室から飛び降りたコンボイが現れたのだ。彼の片手には補習で使ったのか粉が付着した木の棒…恐らくスリコギが握られていた。集団は10人以上おり、コンボイには多勢に無勢と思われた。しかし、コンボイは難なくその集団を打ちのめした。チカを連れ去ろうとした男は刃物…恐らくナイフの類を取り出して襲い掛かかってきたが、コンボイに一番手酷く叩きのめされたのだった。
コンボイはある古武術の流派を受け継ぐ武術家の祖父に鍛えられていたのだ。素人では相手にならないだろう。それはあらゆる得物を使いこなすのを主とし、特に彼が得意としたのは短棒術。学校の人間が警察を呼んでくれたのを確認し、チカは感極まってコンボイに抱き着いた。しかし、彼はただただ苦悶の表情をしていた。
『…自分は、自分はこんなケンカの為に御爺様の技を…チクショウ!!』
彼は初めて泣き顔を人前で晒したのかもしれない。
「ウチには途轍もなく恰好良く見えたけど…まあ、その後我慢できずに告っちゃったけど。でも、アイツ…いつもつまんなそうにして。ウチに謝ってばかりだったからさあ、思い出だけ作って別れてやったわよ!」
ハルは手にした缶をゴミ箱に投げ捨てる。
「それにしても何でアイツ、見た目があんなのなのかしらね~? 他の兄弟は美形揃いなんでしょう? 実際双子の弟の礼二君なんて小中高と王子様って感じだったもん」
「コンボイ、用心棒とか女子達に呼ばれてたよね…ハハハ」
思い出に暫く浸っていた二人の耳にコンテナハウスのドアがガチャリと開く音が聞こえた。