第一話
俺は、磯貝 武。
彼女は、いつも俺が登校で乗る、同じ時刻発の電車で見かける女の子だ。
端正な顔立ちをした長髪のその少女は、制服についている名札から姓が小野だということが窺える。ファーストネームは不明。
制服は、俺の通う高校の近くにある別の高校のものだ。
電車が駅に着き、俺と小野は降りる。
「きゃあ!」
小野が階段を踏み外す。
俺は咄嗟に小野の手首を掴むが、一緒に階段を下まで転げ落ちた。
「痛……!」
徐に起き上がった俺は、その体に違和感を覚えた。
背中まで伸びたロングヘア。
少し膨らみを帯びた胸。
そして、ズボンを履いてたはずなのに、スカートになってるというトドメの一撃。
考えたくはないが、どうやら入れ替わってしまったみたいだ。
「痛ったー!」
むくりと体を起こす俺の姿をした小野。
「あれ? なんで私がそこにいるの?」
困惑の表情を浮かべる小野。
「驚かないで聞いて。俺は磯貝 武。階段を踏み外した君を助けようとして、一緒に転げ落ちて入れ替わっちゃたんだ」
「え!?」
驚き戸惑う小野。
驚くなって言う方が無理か。
「私が男だなんて、そんなの嫌! どうすれば戻れるの!?」
「わかんないよ……」
「そんなあ……」
ぐすん、と小野は涙を流して泣き始めた。
「お、男が泣くなよ。俺が恥ずかしいだろう?」
「うわああああん!」
通行人が通り過ぎざまにこちらを気にしている。
「見せ物じゃねえぞてめえら!」
通行人はびっくりしながら通り過ぎていく。
「頼むから俺の姿で泣くのはやめてくれ」
俺は小野のズボンからハンカチを取り出す。
「涙拭け」
「ありがとう」
小野は涙を拭い、ついでに鼻をかむ。
やめてくれ。
「そういえば、君、下の名前は?」
「香奈子。小野 香奈子だよ」
「高校は私立の小此木学園でいいんだよね? クラスと席は?」
「二年A組。席は窓際の一番後ろ。大魔王じゃないよ?」
「そのアニメ見たことあるよ。わかった」
俺たちはすっくと立ち上がる。
「あ、男のおしっこの仕方教えてやる。便器に向かって立ってするんだ」
「うん。……?」
香奈子は顔を赤らめた。
「わ、私の体で遊ばないでよね! お嫁に行けなくなる」
「そんときは俺が貰ってやるから」
「え、ほんとに?」
「ああ。俺、小野さんを電車で見るようになってから、実は好きだったんだ。いつか話をしたいって思ってて」
「そうだったんだ」
「初めて会話した日にこんなことになってしまったんだけど」
「なんで私たち、入れ替わっちゃったのかしらね?」
「たぶん、階段から転げ落ちたのが原因かもね」
「もう一回落ちてみる?」
「戻れる保証ないよね?」
「う……」
香奈子は言葉を失った。