俺にだけ当たりの強い幼馴染と仲良くなるたったひとつの冴えたやりかた
人に好かれる人になれ、昔よく言われた言葉だ。
父や母、祖父や祖母皆がそんな風に言うものだから、俺もそんな言葉に従順に従って、誰かに嫌われるようなことはしないよう心掛けて来た。
困っている人がいたらすぐに手を差し伸べたし、自分のものだって欲しがっている人がいたら譲るよう心掛けた、積極的に人の手助けをして、他人の陰口は吐かないよう自分をしっかりと自制してきた訳である。
喧嘩やいじめの仲裁はもちろん、人が嫌がるようなことは自ら手を上げてやり続けてきた。
そんなことをしていたから、怪我を負うことも珍しくなかったし、不幸な目に合うことも一度や二度では無かったが、お陰で俺は友人も多く持てたし、俺が困っていた時は多くの人が手を差し伸べてくれる状況がある。
この築いてきた人間関係はきっと俺にとって大きな財産なのだろう。
そんな、他人に誇れる生活を送ってきた俺だったから、これから先もこの行動指針を続けていけばきっと人に強く嫌われることなく、好意と善意の繋がりだけで人生を送っていけると信じて疑っていなかった。
…………もっとも身近な存在であった幼馴染の発言を聞くまでは、そう信じて疑っていなかったのだ。
『――――あんたなんてっ、す、好きじゃないんだからっ……!!』
『ふぉうっ――――!!!???』
衝撃だった……あれほど非道な言葉を浴びせられる時が来るとは夢にも思ったことがなかった。
しかもそれが、あんなに仲良くしていた筈の幼馴染の口から出るなんて……。
小さな頃に外国人の血が混じっていった風貌をしているあの子が周りにからかわれていたからよく守っていたし、その影響で一緒に遊ぶことも多かった。
家族ぐるみで付き合いだして、春は花見に行き、夏は花火大会に、秋は紅葉狩りに行って、冬は雪合戦をやった、長い付き合いの幼馴染。
確かに中学に入った後は、グングンと女の子としての成長を見せていた幼馴染に性差を感じて距離を測りかねたが、だが、そんなものでこれまで俺と幼馴染が育んだ関係が壊れるようなことは無いと信じていた俺は、考えなしにグイグイと彼女との距離と詰めていったのだ。
その結果が……あの言葉。
恐らく何とか距離を取ろうとする幼馴染の気持ちを無視したのが敗因なのだろう。
グイグイと距離を詰め続けた俺に、なんでそんなに関わるんだと言ってきた幼馴染。
カッとなり、勢い余って『お前が好きなんだ、仲良くしたいんだ!!』なんて言った俺の言葉に、彼女があの言葉を返し、俺は膝から崩れ落ちることとなってしまった。
何がいけなかったのだろう?
幼馴染の気持ちを無視したのは確かに悪かったとは思うが、これまでの関係から少なくとも嫌われている筈がないと信じていたのだが、その根本から覆された。
しっかりとしたアスファルトの上にあると思っていた幼馴染との関係が、実は薄氷の上にあるだなんて想像もしていなかったのだ。
悲しすぎる。
いや、嫌われていたのが悲しいのではない、嫌いと思わせるだけの行動を自分が幼馴染にとっていたのだと思うと、これまでの彼女に対する空回っていた自分の行動やそのことに言われるまで気が付かなかった自分の無能具合に悲しみを感じてしまう。
そして、そんな事実に気が付いてから、何も行動できないまま自宅のベッドの中で落ち込んでいる自分の弱さに今更気が付いた。
「どうする、どうやって仲直りを……いや、元々好かれてなかったのなら、仲を直すって言うのもおかしいか。ははは……はぁ……」
幼馴染、俺にはもったいないよくできた幼馴染。
小さな頃の引っ込み思案な性格とは打って変わり、誰に対しても分け隔てなく優しく、持ち前の美貌とスタイルに、性別問わずファンクラブが出来るほど人気者の幼馴染。
勉強も運動も出来て、外国語もペラペラで、長い休みの時は外国にある母方の実家に帰って美味しいお土産を買ってきてくれる幼馴染。
非の打ちどころがなく、将来は絶対に俺が幼馴染の結婚相手を見繕ってやるんだと言えば、不機嫌そうな顔をしてお前に探される筋合いはないと頑なだった幼馴染。
思い返してみれば、こんなにも、彼女は俺の生活のほとんどを占めていたのだ。
それなのに、こんな想いはただの一方通行でしかなかった。
ここからどうすればいいか、俺には皆目見当も付かない。
「……ううう、どうすれば……」
ふと携帯電話を見るが、あれから幼馴染からの連絡は一切ない。
絶望感のまま、作り立てのSNSマイページを開いた俺はグロッキーな心情をその場に吐き出してしまう。
『最近急に幼馴染が僕にだけ冷たくなりました、元の関係に戻りたいとは言いませんが他の人と同様の普通の接し方をしてほしいです。どうすればいいと思われますか?』
誰に向けたか自分でも分かっていないその問いかけに、反応があったのはすぐだった。
『毎日相手を褒めて、好きだと伝えれば全部解決しますよ』by人生相談マイスター
心理と言うネームの、全く知らない人からのメッセージ。
姉にやってみろと言われ、無理やり作られたSNSのアカウントだったから、こんな早く返信があるものだとは思わず、思わず携帯を落としそうになった。
これがSNSなのか……!? なんて衝撃を受け、その文面をじっと眺めていれば、さらにメッセージは続いてくる。
『冷たくしてくる相手に対しては間違っても冷たく返してはいけません。なぜなら、人は冷たい相手にはさらに冷たく対応する生き物だから、その悪循環はどこまでも続いてしまうのです。ですが逆に、好きだ、好意を持っていると言う相手には中々冷たく出来るものではありません。幼馴染と言うことですが、その部分は一度忘れて、好きな相手として見て関係を再構築するのはどうでしょう』by恋愛相談プロフェッショナル
確かに、と思わず唸る。
どうにも自分は幼馴染としての対応で彼女に嫌われていたようであるし、この、誰か分からない様な人が言うように、一度幼馴染と言う関係を忘れて、彼女を一人の好きな相手として考えてみれば何か変わるかもしれない。
よしっ、と勢いよく立ち上がる。
この誰かも分からない人が折角くれたアドバイス、何とかものにして幼馴染との関係再構築に全力を注ごうと決意し、感謝のメッセージを心理さんとやらに送り、SNSを閉じた。
思い立ったが吉日、善は急げだ、と家から飛び出した彼は結局。
『ちょっと待って、距離を取ろうとしている相手に無理に迫ったら嫌がられるだけです。このアホみたいなアドバイスは真に受けないで』
『落ち着いてください、きっと幼馴染さんは何かしらのきっかけがあって少し距離を取りたがっています。少し時間を空ける必要があると思います。間違っても自分で人生相談マイスターや恋愛相談プロフェッショナルとか言うような人の言葉を聞いてはいけません』
『投稿者さんは男性? 男性ならマジで少し待て、嫌がる女の子に対して無理に迫るのは社会的に〇ぬから』
そんな冷静な意見を見ることなく、自分で恋愛相談プロフェッショナルとか言うアホの発言を信じ切ってしまったのだ。
〇△×
「はぁ……」
思わず溜息が漏れてしまう。
原因は何もかも素直になれない自分の言動に依るものだ。
昔から好きな相手なのに、最近はどうしても彼を好きだと言動で示せない。
口から出るのは嫌味か罵倒、態度はつっけんどんで、何も知らない相手なら絶対に嫌われるようなものばかり。
今日なんて、自分達の微妙な距離感を感じた彼が何とか距離を埋めようと話し掛けてくれたのに、好きだと言われて思わず自分の気持ちと反対の言葉を吐き出してしまった。
分かっていたのに、彼が私の事を幼馴染としか見ていないなんてことはとっくの昔に分かっていたのに、好きと言った言葉には異性としてのものは含まれていないと理解していたのに。
ずっと昔から待ち望んでいた彼の言葉に、瞬間的に茹で上がってしまった私の思考ではそんなことも考えられないまま、有頂天な気分で思ってもいないような事を口に出した馬鹿な私。
呆然として動かなくなり、膝から崩れ落ちた彼の顔を見て、自分がいかに酷いことを言ったのかその時になってようやく理解して、思わずその場を逃げ出した。
最低だった。
もう彼との関係が終わってしまう可能性すらある最悪な対応。
「……あんなこと言いたかったんじゃないのにぃ……」
ポロポロと、今になって本心が口に出る。
そのことが余計自己嫌悪を強くして、気分を陰鬱な方向へと引き摺り込んでいく。
小さい頃から守ってくれていた彼。
好きだと心の中で彼に告げた回数は数えきれない。
幼い頃はまだ素直に態度で示せていたのにどうして今はこうなってしまったのだろう。
「好きだよぅ……お願いだから嫌いにならないでよぅ……」
これからは彼ともっと距離が開いてしまうのかと思わずそんな生活を想像してしまい、グスグスと鼻をすする。
そしてそのまま布団に潜り込み、不貞寝の体勢に入ろうとした彼女の部屋に嵐の様なノックが鳴り響く。
「ひっ!?」
「俺だ、田中だぁ! 入って良いか!?」
もう当分は聞くことも叶わないと思っていた彼の声が聞こえ、溢れていた涙が引っ込んだ。
最近は愛しの彼不足で、彼を盗撮した写真を部屋中に飾っていたから、どうあっても部屋に入れる訳にはいかなかった。
「な、な、なっ、何いきなり人の家にっ……!? だっ――――ダメよっ、今は部屋に入らないで!!」
「そうか分かった! じゃあそのまま聞いてくれ!!」
相変わらず反射するに返ってくる彼からの返事に頭が追い付かないが、相手の言葉は止まらない。
「俺は今日、お前の言葉を聞いて、お前が嫌だと思うような態度を知らずのうちに取っていたことを知った! 申し訳ない、全然気が付かなかった!! お前は俺にとって大切な幼馴染だったから、幼馴染としての態度をとってお前を傷付けていたのだと思う!!」
「えっ……えっ……!?」
「だから今日から俺はお前を幼馴染として扱うのを辞める! お前が嫌だと思う態度を改めて、これまでとは違う態度でお前に接していきたいと思った!!」
「――――……そ、んなぁ……い、いやだよ……」
脳筋である彼らしい理解の仕方。
自分が好きじゃないと言ったのだから、当然だ。
幼馴染の関係が終わる、これまで育んできた筈の彼との唯一のつながりが終わる。
そんな結末が目前までやってきて、やっと私は懇願するような言葉を紡いだ。
でも、もうそんなものは遅かった。
「そうして考えてみた! 幼馴染と言う関係を抜いて考えた時、俺はお前をどう思うのかを考えてみた!! ――――結果として、俺にとってお前は幼馴染でなくとも替えの利かない大好きな相手だったらしい!!」
「――――!?!?!?!?!?!?」
「好きだ!! あすみぃ!! 結婚してくれぇ!!」
「ええええ、あ、ああああ、ひひひひぇえっ!?」
彼の暴走はもう止まらない。
どこかのアホの助言によって、彼のブレーキはフットもサイドも破壊されていた。
ちなみに彼が言った結婚してくれはそのままの意味でなく、大好きの最上級だったりする。
もちろん、茹で上がった彼女の思考ではそんなことに気が付かない。
「あわわわっ、なにっ!? なんなの!? なんでそうなったの!!??」
「お前は可愛い! お前は美人で何でもできる!! 最近は当たりがキツいけど、お前の誰にでも分け隔てなく優しい性格が俺は好きだ!! ――――あ、お邪魔してますお母さん、あすみと学校で喧嘩したので今関係再構築を話しているところです。うるさくしてすいません」
「あらあらあらあら……うふふ。思っていたよりも早く孫の顔が見れそうで嬉しいわ。頑張ってね2人とも」
「?? あ、はい、任せてくださいお母さん」
「任されるなバカぁ……」
先ほどまでとは別の意味で私は涙混じりになり始めた。
恥ずかしさと混乱とと色んな気持ちがあるが、それらを塗りつぶす巨大な喜びの感情を抑えるのだけで必死なのだ。
これ以上廊下に出していると大きな声で訳の分からないことを叫び続けるだろうと判断して、さらに続けようとした彼の手を掴み部屋へと引き摺り込んだ。
引き摺り込んでから気が付く、彼にだけは見られたくなかった盗撮写真の山が部屋中に飾られている。
これでは墓穴を掘ったどころの騒ぎではない。
周囲の異様な光景に気が付いた彼が、不思議そうに部屋を見回すのを見て、彼女の焦り具合はさらに拍車がかかる。
だから、何とかこの部屋の事を聞かれない様にしようと口を開いて。
「あ、あああああんたっ!! 何をとち狂ったことを吐き散らしてからにっ!! どういう思考回路をしたらそんな結論になるのよ!? 私が今日なんて言ったか覚えてないの!? 私はあんたのことを――――」
思い出した。
『――――あんたなんてっ、す、好きじゃないんだからっ……!!』
呆然と、裏切られたかのように自分を見る彼の姿を思い出す。
「――――好きじゃ……ないんだから、なんて……酷い事を言ったのよ……?」
呆然とした彼の表情を思い出す。
傷付けて、傷付けて、傷付けた。
これまでの関係を否定するようなことを言った自分に、好意を伝えられるだけの資格なんて、これっぽちも無い筈なのに。
「関係ない!!!」
彼はいつか、彼女を救ってくれた時のように自信満々に吠え立てる。
「俺がお前を好きなことに、お前が俺をどう思っていようと何の関係もない!!!」
「っっ――――!!」
心の奥底で望んでいた言葉を彼は言ってくれる。
それだけで、彼女が彼との間に作ろうとした心の壁は、いともたやすく壊される。
「これから俺とお前は幼馴染であって幼馴染じゃない! 友人であり親友であり、俺の一方的な片思いの関係だ! それで充分だ! だからこれまで育んできた関係に甘えるようなことをしないで、また一からお前との関係を築いていけるよう俺は努力する!!」
「あ、あう……あうあうあう……」
「俺は今日新しい世界を開いた! こんなにも世界は違って見えるのかと思った! だからきっと俺とお前の関係も新しい世界を開いていける、新たに作り上げられる!! 俺はそう信じている!! そう信じていたいんだ!!」
だからっ。
そう言って、彼は素直になれない一人の少女に手を伸ばした。
「俺を信じて俺の我儘に付き合ってほしい。俺はそれだけは君に伝えたかった」
「…………はい……」
もうどうしようもない、建前も心の壁も何もかも破壊されてしまった。
恥ずかしさも、性差の壁も、彼とのすれ違いや自分への嫌悪も、彼の手を掴む誘惑には少しだって勝つことは出来なかった。
だから、少女は真っ赤な顔で、暴走する彼の言葉に頷くことしか出来なかった。
△×〇
それから疎遠になりかけていた少年少女の仲は昔以上に深いものになった。
周りの思春期入りたての同級生たちにからかわれても、少年少女どちらかに想いを寄せている人に茶々を入れられようとも、2人の、と言うよりも少年側からの好意のアピールに少年にベタ惚れの少女は成す術などなかったのだ。
学校に通学する登下校、休み時間や昼食、修学旅行の班分けだって彼らが離れる時は無い。
いつしか学校での彼らは周囲公認のおしどり夫婦と扱われ、病める時も健やかなる時も仲良く暮らしていくことになる。
彼らが今後本当の夫婦になるのかは、きっとまだ誰にも分からない。
なお、少年に助言した心理さんはその後炎上することとなった。