第二話
ボンクラボンにフラれて五日が過ぎてしまった。
その間に何をしていたかと言えば、アカデミーに行ったぐらいで特に何もしていない。部屋のベットやソファーでゴロゴロと転がり恋愛小説を読んでは、妄想を繰り返していただけだ。
前世でも元レディースチームの頭の癖に恋愛小説が好きとか言うと大概のやつは頭大丈夫かこいつっていう顔で笑うか冗談だと割り切り爆笑するかだった。けど、好きなものは好きだから仕方ないだろ?
恋愛小説に出来てきそうな世界に生まれ変わったし、ガキの頃はこんな小説みたいな恋があたしにもできるんじゃないかって思ってた。でも、現実は…………無常だ。
「はぁ~~~。どっかにあたしを嫁に貰ってくれる男いねーかなぁ?」
「もうシルヴィってば可愛いわ~♪ きっと今日は素敵な出会いがあるわよ~♪」
突如聞こえた声にハッとして顔を向ければ、両手を頬に当てた姉貴が居た。いつの間に部屋に入ったんだ? つか、この部屋鍵かけてあったよな?
「…………姉貴、どうやって……入った?」
「うふふっ。ノブ回したら、ノブ外れちゃって……てへっ」
姉貴は、ウィンクしながら右手を頭に添え――テヘペロ状態で可愛い顔して笑う。そして、背中からどう見ても、ぶっ壊したであろうドアノブを取り出すと床に置いた。
「あぁ、そうなんだ……それ直りそ?」
「ん~~~。どうかしら? セバスに直すように言っておくわ」
「あぁ、そう。ありがとう」
ドアノブが壊されるのは子供のころからの常識なので良いのだが、最近はあんまりなかったのにどうしたんだろう? 体調が悪そうでもないし、婚約者となんかあったか? まぁ、婚約者となんかあったと相談されてもあたしじゃ聞くことしか出来ないし、振らない方が良さそうだな。
「それでシルヴィ。今日は夜会なのだけれど……どうして? まだ、何も準備してないのかしら?」
「あー。どうしても行かなきゃダメ?」
「ダメ。もし、シルヴィがどうしても行かないって言うなら、わたくしも行かないわ!」
「あぁ、わかった。わかったからそんな事言うなよ。婚約者が泣くぞ」
ソファーに座り直し、頭をガシガシ掻きながら姉貴の脅しに即座に降参する。
「ふふ。良かったわ。じゃぁ、ヒスタリカお願いね?」
「畏まりました。ユリシナお嬢様。皆さん、出番ですよ!」
いつの間にやら側に控えていたらしい姉貴付のメイド・ヒスタリカが姉貴の命令を受け、両手をパンパンと叩く。するとどこからか集まったらしいうちのメイド達が音も立てずに現れ、あたしを担ぎ浴槽へと連れて行った。
そして始まる、淑女造り――――――。
「さぁ、出来ましたわ、シルヴィナ様」
「あ、あぁ……ありがとう」
あたし付きのメイド・マーリーが鏡を前に、ドヤッという表情を見せる。自分の姿を鏡越しに見たあたしは、誰だこいつと鏡の中のあたしに言いたく衝動を抑えながら礼を言った。
「いかがでしょうか? ユリシナ様」
「とても素敵よ! 可愛いシルヴィがまるで天使のように愛らしいわ!」
ヒスタリカが満足気に微笑み頷きながら姉貴にあたしの出来栄えを見せる。
鏡越しにマジマジとこちらを見た姉貴は、あたしから視線を逸らさず恍惚とした笑顔を浮かべた。
それから姉貴も着替えに行き、ダイニングへ二人で降りる。そこには、既に正装した姉貴の婚約者である王太子殿下がソファーで母の歓待を受けていた。
「おぉ! なんと美しいのだ。シーナ!」
「うふふ。ありがとうございます。リューク様」
相変わらず王太子殿下は姉貴にゾッコンのようだ。美形なのに姉貴に向ける顔の造詣がヤバイぐらいに崩れてるのは勿体ないと思う。キャッキャウフフと目の前でイチャイチャする二人に生暖かい眼差しを向ける。
姉貴はこのまま将来の王妃か~、その妹がフラれ続けてるなんて話を噂好きの貴族が知ったら…………まずいよな。やべぇ、気合い入れて開いて探さねーと! もう見た目とかどうでもいいから、嫁に貰ってくれる男探そ。
気合いを入れ直し、家の馬車に乗り込むと夜会が開かれるルービクス公爵家へ向かった。
もちろん、姉貴と王太子殿下は王家の馬車で向かっているため、あたしの心は平和そのものだったと付け加えておく。
ルービクス公爵家は代々宰相を輩出している大家で、うちのようななんちゃって侯爵とは違い本物の貴族様だ。家柄的に考えてその夜会も相当に凄い。学校の体育館はあろうかと言うダンスホールには、煌めくシャンデリアがいくつも天井に並び、ホールの隅に置かれた飲食コーナーには今まで食べた事が無いような豪華な軽食が並べられていた。
ホールに居る人たちは色とりどりの煌びやかなドレスに身を包み、できうる限りの贅を凝らした装いをしている。
そんな中入場した姉貴と王太子殿下はすぐに人に囲まれ、談笑&挨拶タイムへ。おまけで連れてこられたあたしは、それを邪魔しないよう空気と化し壁の花になる。
ボーっと眺めるホール内には楽しそうに会話する男女と、必死で婚約者候補を選りすぐる貴族のご令嬢達で大賑わいだ。
まぁ、少しでも条件の良い男を見つけたい気持ちは分かる。だけど……ぶっちゃけどんなに家柄、見た目が良くても性格が合わなきゃ意味ねーよ。愛のない結婚とかマジ勘弁なんだよな~。とか言ってるうちに行き遅れそうだしな~。そうなると姉貴が面倒そう……。はぁ、やっぱ何とかして見つけないと……もういっそ、眼つぶって最初にぶつかった奴に告白するか?
流石にそこまで馬鹿にはなれないと思い直し、頭を冷やすためバルコニーへ向かった。
向かった先のバルコニーで一組の男女が今まさに、愛を囁き合って――――――ない!!
うわー。やなとこに見たぁ……今すぐ中に戻りたい。でも、でもさ……閉まった扉の目の前に、真剣に何かを話してるおっさん達が居るんだよ。中に扉が開くから開けるにはおっさん達にどいてくれって合図か声をかけなきゃいけないんだよ。でも、そうなるとあたしが、ここにいるのがばれてしまう。
仕方ない。ここは空気になろう。そう、私は夜の風~、何も見えないし聞こえない~。あぁ、月が綺麗だな~~って! 無理。見えるし聞こえる!
「ディグ様。どうしてですの?」
「すまない。どうしても……ダメなんだ」
赤いドレスが柔らかい曲線を描き女の肢体の美しさを見せる。しかし女はそれどころではないようで、縋るように潤ませた瞳で漆黒の髪に紫と青灰色のオッドアイの瞳を持つ男に向かい理由を尋ねる。すると男は、溜めに矯めて、ダメだと言い切った。
「愛してくれなくても構いませんの。貴方さえ、ディグ様さえわたくしの側にいて下さればそれで……それだけで、わたくしは幸せなのですわ」
「サーシャ嬢……君は素敵な女性だと思う。でも、ダメなんだ……、私の事は忘れて欲しい」
必死に言い募りオッドアイに縋りつこうとする女から、あからさまに男が距離を取る。
泣き崩れる女を前に、男の顔が苦々しく歪んだかと思えば、さっと視線を逸らし此方を向く。
驚いたように大きく見開かれるオッドアイ。修羅場に実はいました感を感じたあたしは、気まず過ぎて視線を彷徨わせる。こちらへ寄ってくるオッドアイ……あぁ、やべぇ、これはやらかしたと後悔する間もなく――あたしから五センチと離れていない位置に来たオッドアイと見事にカチ合う視線。
………………
…………
……最悪だ。
あたしは、あまりの気まずさに無言で視線を外し、男に背を向け談笑中のおっさん達の方へ向かう。閉じられた扉を叩くため手を上げかけたその時――。
不意に後ろから腕を掴まれくるりと反転させられた。
「見つけた。ヴィーナ」
「……は? うっ!!」
月明かりの下、蕩けるような笑みを浮かべたオッドアイがあたしの全てを包み込む。男勝りの腕が力いっぱいあたしの身体を抱きしめている…………なんでだ!
男の胸に頬を付ける形になったあたしは、締め付けられる苦しさに必死で男の背中を叩く。だが、しかし……男は、腕の力を緩めるどころか更に強く抱きしめてきた。
やばい、落ちる。誰か……たす、け……て……。
暗転する中、男が着ていた濃紺の上着を照らすように乳白色の月が輝いて見えた。