プロローグ2
◆
「……………………だるぅ」
ふと意識が浮上し、目をあける。
次いで首だけ動かし対面をみれば、あいつの姿はなかった。
(出掛けたのか?)
時計を見れば、もう18時を過ぎていた。
「もう、そんな時間か………んぁ」
欠伸と一緒に、躯を手を伸ばす────。
その瞬間─────右腕に焼けるような衝撃が走った。
「ッグハッ!」
熱い!
痛い!
(何が起きたっ?!)
目の前に何かが、ごろりと転がっている。
驚愕、恐怖、それ以上の激痛が身体中に走った。
床には、夜音の右腕が落ちていた。
「ぁ゛っあ゛ぁぁァっ~~~!!!」
あまりの激痛に、呻き声をあげる。
自分の右腕があった場所をみれば、肘から先が綺麗に失くなっていた。
断面から、赤い血が霧状に噴出している。
痛い!
熱いっ!
痛いっ!
痛い!
痛いっ!
(血がっ!血っ……ぁっあっ)
意識が集中しない。
溢れる血を止めようと左手を動かそうとした──その瞬間。
バチャっと音をたて、左手が落ちた。
「────えぁっ?!」
下を向けば、赤い水溜まりに左手が浸っている。
(………全部、俺の?!)
既に部屋は、真っ赤に染まっていた。
腕の断面からは、未だに血潮が吹き続いている。
(ああ、俺死ぬのか……。)
理解は一瞬だった。
理解してしまえば、あれほどの混乱も落ち着いていく。
心が凪いでいく。
何を怖がる必要があったのか、望んでいたではないか。
この日でやっと俺は終われるのだ、と。
「ははっ…………」
のたうちまわった程の激痛が薄れ、代わりに喪失感が夜音を支配していく。
それが、酷く嬉しく思えた。
自分はこのまま、なにもかも失い、やっと死ねるのだと。
だからこそ彼の意識は集中していく。
走馬灯とでも言うべきか。
世界が遅く……まるで停まったかのように目の前の光景が夜音の目に入る。
自身の血液の一滴が目の前で、宙に浮かび停まっている。
視界を広げれば無数の血飛沫が部屋中に浮かんでいた。
凄絶な光景に、思わず感嘆する。
命の散り様とは此処まで美しいのか。と。
何故か他人事の様に感じていた。
(陽菜姉、もういいよね?)
集中力も限界にきた。
明滅する視界のなか、ぼんやりと今は亡き姉に問う。
意識も段々と遠退いていく。
そして血溜まりに、顔ごと倒れていった。
赤い液面に、大きな波紋がひろがる。
その大きな波紋は、少し離れたところで何かにぶつかり、消え去った
(……脚?誰だ?)
黒い靴を履いた誰かの脚が、夜音の視界に映る。
脚しかみえない。
首や目すら、動かすことができず、全体を見ることができなかった。
「鳴神様!」
声は若い男性の様に聴こえる。
恐らくこの男?が、自分を殺したのだろう。
声が明らかに弾んでいた。
「あの邪魔な犬のせいで手間取りましたが、なんとか間に合った様です!」
(……犬?あいつの事か?)
最期に残っていた意識の欠片で、あいつの事を考えた。
一瞬脚に衝撃があったが、感覚も既に無いので気にすらしなかった。
「───もう少しで貴方の元にぃ!」
何やら喋っているが、夜音は全く聞いていなかった。
いや、既に聴覚も働いていないのだろう。
もう俺の死は決まっている。
それよりも……………。
(あいつ、俺がいなくなったら大丈夫なのか?)
意外にあいつの事を大切に想っていた自分に、軽く驚きつつあいつのこれからを想う。
「神託は─────────!」
(まあ、あいつならなんとかするか。今までありがとな…………。)
そして、夜音の意識は暗闇に堕ちていった。
◆