83.もう小説は書きたくない
「もう書かないってどうしたんですか?」
通学路にあるファミリーレストランに立ち寄ると、吉川愛は開口一番にそう言った。
メニュー表を開きつつ、才介は大儀そうに答える。
「やる気がなくなったからだよ。山盛りポテトフライと、ドリンクバーを頼んでおいて」
そう席を立ってトイレへと向かう。
彼女には叶わない夢を見せてしまった。
それを申し訳なく思いつつも、執筆意欲が絶たれてしまったのだからどうしようもなかった。分相応という言葉があるように、最初から何物にもなれないと諦めていればよかったのだ。
席に戻ると彼女は受け皿にマグカップをのせて待っていた。
陶器の中には湯気の立つ飲み物が入っている。
にこりともしないでほおづえを突いて、吉川愛はノートパソコンを取り出した。そしてテキストデータを開いて才介に見せる。恋愛小説とファンタジー小説だ。
「私も先輩に負けたくなくて、文芸甲子園をやってるときに、一緒に執筆してました。これらは新人賞に出します」
「ああ、そっか。まあほどほどに頑張れよ」
才介は適当に受け流す。山盛りポテトフライが運ばれてきた。
「あのときの情熱はどこに消えたんですか? 私は小説を書いているときの先輩が大好きだったのに……」
「それなら瓜生と付き合えよ。俺は何物にもなれなかったんだから」
「先輩、楽しいですか?」
ツインテールを揺らしながら、吉川愛は目を細める。
「そうやって言い訳をして、楽しいですか? 学園祭のときの先輩はすごく輝いていました」
「そうだな。今でもそれなりに楽しいんじゃないか」
「もし本当にそうだとしたら、なんでそんなに寂しそうな目をしているんですか?」
え。と言って、自分が卑屈な顔をしていたことに気が付いた。
近くのテーブル席からステーキのおいしい香りが漂ってくる。
もう小説は書きたくない。
月の化身のことを思い出すから。
もう会えないのに、また会いたくなってしまうから。
だからもうその話はしないでほしい。
「先輩、ご自分のブログってチェックしてますか?」
「いや、してないけど……」
「読者から反響がありますよ。また読みたいですって。それでも書かないんですか?」
「そっか。だったら閉鎖しないとだな。もう書かないから」
才介はにべもなく一刀両断する。
それでも吉川愛は食い下がった。
「先輩! 私も待ってますからね。ひとりの読者として、私も待ってますから」
ふん、もう書かねえって言ってるだろ。
苦々しい気持ちで口に放り込んだポテトフライは味が薄かった。




