79.嗚咽と述懐
「あの、私ね。い、言わなきゃ、いけないことがあるんだ」
そうつっかえながらも彼女は必死に言葉を絞り出す。
才介はそれをしっかり聞き届けることが義務だと思った。
一音一音を確かめるように発された言葉に丁寧にあいづちを打っていく。厳冬の容赦ない凍て風にも一切動じることなく耳をすませた。
「私さ、病気が悪化しちゃって、もう、長くないんだ」
うるっと涙が溜まるが才介はこらえた。伊藤汐は泣いてはいない。
涙声ではあるが、それを我慢しているのだ。
「だけどね。才介さんと、一緒に、いられて、本当に、じゅ、充実した……1年でした。感謝、しています。文芸甲子園に、出れたそうですね。すごいと、思います」
鈴木が伊藤四段に教えたのだろう。そこから又聞きしたのだ。才介はそう思慮して小さく頷いた。
「結果は、どうだったんですか?」
「三次試験で落選した。俺には実力がなかった」
「そんなことは、ありませんよ。あそこは、レベルの高い、大会です。そこに、出場したんですから、誇ってもいいんですよ」
伊藤汐のニットの手袋が才介の膝の上に置かれた。誇ってもいいと励まされても、あそこまで完膚なきまでに実力差を見せつけられてはどうしようもない。優勝するどころか、決勝にコマを進めることすらも出来なかったのだから。
「六文仙の山本由紀夫に会ったんだけどさ。あんたは模倣が卓越しているだけで、身に付けた技術や知識は薄っぺらだって揶揄されたよ。本当にこの業界は底が知れないな」
思い出しただけでも悔しさで身体が震えてしまう。
「そうなんですか? 彼は、オブラートに包んだ表現が、苦手そうですからね。でも、そこまで言うってことは、才介さんを、ライバルとして、認めてるってことじゃないですか?」
「そうだといいんだけどな」
かゆくもない頭をポリポリと掻いてみせる。
「きっとそうですよ」
伊藤汐はマフラーを巻き直してから言った。
「私ね、本当は、才介くんと会う前から、もう自分は長くないんだって、わかってた。最初は、なんで私だけなの、なんでなんでって、ひどく泣いちゃって、生きる意味を、見失ってたんだ。そんなときにね、才介くんに出会ったんだよ。あのときは、小説を読んだり、書いたりしてるって言ってたけど、あれは、ウソなんだ。本当は読んでなかったし、書けなかった。テレビのニュースでも、ネットでも、バッシングされてて、それに、病気も重なって、私はなんで生きてるんだろうって……」
うっと言葉が詰まる彼女を才介は優しく抱き寄せた。
大丈夫だよ、と耳元で声をかける。
「でもね、才介くんは、初対面の、私の話を、最後まで、聞いてくれて、そして、告白も、してきてくれて。それから、私、今でも必要としてくれる人がいるんだって、安心出来たんだ」
告白をした覚えはないが、まあ大過ないだろうと続きをうながした。




