78.再会。そして…
暇人のチャットアプリに通知があったのは冬休みの最終日だった。
才介はスマートフォンを取り落としそうになる。
鈴木を経由して伊藤四段から連絡が来ると思っていた。
深呼吸を入れてから、メッセージ内容に目を通す。
何度もアイコンの画像とユーザー名に齟齬がないかを確認したが、やっぱり月の化身からで間違いなさそうだった。
『お久しぶりです。』とだけ書いてある。
簡素な文章に拍子抜けしそうになった。
深刻そうなきらいもないし、どうやら元気そうだと一安心する。
うっすらと積もった雪景色を見つめながら才介は、
『よう、身体は大丈夫か?』と訊いてみた。
返信が来るまでには時間がかかった。今はまだ昼過ぎだ。外は白く明るい。
窓をほんのり開けるとびりびりとした冷気が侵入してきた。やっぱり冬は寒い。
『あの、話したいことがあります。いつもの場所で待ち合わせしませんか?』
ふ、とため息を吐いてから窓を閉める。吐く息が白かった。
『わかった。そうしよう。』
病気のことだけじゃなくても話したいことはたくさんあった。
だが伊藤汐に会いたい気持ちとは裏腹に、身を切るような辛さが胸中に渦を巻いているのも事実だ。どうしてだろう。ただ会いたいっていう気持ちがここまで罪深いなんて、俺はどうしたらいいんだろう。
俺は彼女にどう接してあげればいいんだろう。才介は名伏しがたい気持ちに蓋をするべく布団にもぐって目を閉じることにした。それでも目だけはどんどんと冴えていき眠りにつくことは出来なかった。
日没が過ぎてから外に出ると積雪は足首にまで達していた。
黒のチャッカブーツで車両のわだち上を歩く。
インナーにはグレーのヒートテック、アウターにはモッズコートを選んでいた。モコモコのファーがお気に入りで購入したが、好きな人の前では大人っぽいピーコートを着こなすべきだったかなとチノパンに両手を突っ込んだ。平日は学生服ばかり着ているからおしゃれには無頓着になっていた。
公園の青白い蛍光灯の光が、舞い散る雪との相乗効果でどこか幻想的に見えた。才介はベンチに乗った白い粉を手で払ってそこに座った。早くもチノパンに雪が浸透し尻がむずがゆくなってきた。立ち上がってそこら辺を徘徊してみると、ギュモ、ギュモと音が鳴った。靴下がすこし濡れた。
月の化身が来る頃には寒さで耳が赤くなっていた。降雪はないからフードは被っていない。
彼女はボンボン付きのニットキャップに、赤いマフラーを巻いており、セーターの上にダッフルコートを羽織っていた。ニットの手袋にはワンポイントの刺繍がしてあってかわいかった。
いつも蒼白な顔色をしている彼女だが、今回は寒さや雪景色による視覚情報もあって、より一層白っぽく見えた。それにしてもおしゃれな格好だと才介は思う。一年中スウェット姿なのかと思っていた。
「お久しぶりですね、才介さん」
伊藤汐はそうベンチに腰を下ろした。
こんなにも近くにいるのに才介はどこか遠く感じていた。
それこそ彼女は本当に月の化身でそのままどこか手の届かないところへ行ってしまうんじゃないかという不安がよぎる。
月の化身とは、我ながら言い得て妙なニックネームを付けたものだと自嘲気味に口角を上げた。彼女には深刻そうな影が差している。ここから先の話は、楽しい思い出にはならなさそうだった。




