76.悔し涙
何とはなしにインターネット検索エンジンを見る。
余計な感情を紛らわせるために。
そのトップページには【全国オール学生将棋選手権戦】と題名が載っていた。最も検索されている急上昇ワードだ。もしかしたら今日が決勝戦だったのかもしれない。ここの大会には鈴木翔太が参加している。そして最強のライバル・渡辺光との対局結果も頭から離れない。
実際に対局したかどうかはともかくとしても、渡辺光は小学生将棋名人戦の元王者である。しかもそこで鈴木を打倒したらしい。
なればこそ、この大会の結果発表が知りたくなってくる。このまま検索を続ければわかるかもしれないが、こうなってくると本人に直接確認がしたくなってきた。
才介は鈴木に電話をかけることにした。
何度目かのコール音を聞いた後で相手の声が出迎えてくれた。
だがそれは想像以上に切羽詰まった感じがした。
「おう、才介か。どうした」
いつもの『うはは』という快活な笑いは鳴りを潜めていて、ただどこまでも深く、そして陰鬱な声の調子だった。才介は嫌な予感を胸中に感じた。いつもバカ笑いをしている鈴木が大人しく対応しているのだ。きっと全国の将棋大会で敗退したに違いない。
彼は並々ならぬ情熱をその瞳に宿していたのだから、負けてしまったときの失望感や焦り、虚無感に喪失感は才介よりも大きいのかもの知れなかった。
「ああ、まあ、落ち込む気持ちはわかるよ」
「……そうだな」
鈴木はそう肯定した。
ということは、大会で優勝出来なかったという仮説はやはり当たっていたようだ。
負けたときの屈辱、無力感が想起されて、のどの辺りにイライラが溜まった。
「俺も、優勝、出来なかった」
文芸甲子園での結果は割り切っているはずなのに、どうしてもこぼれる嗚咽が止められなかった。込み上げてくる感情は津波のように押し寄せて、涙腺という堤防を決壊させその両目から涙をあふれさせた。
言葉を発し終えてからも、うっうっとえずく声がいつまでも続いてしまい、どうしてこんなに感情が爆発してしまうのかと俯瞰した頭が不思議そうに見つめていた。鈴木はなにも言わずにただただ才介が泣き止むのを待っていてその電話回線越しに静かな呼吸だけを感じさせていた。
嗚咽がしゃくり上げるような弱々しいものに変わる頃に、「落ち着いたか」とやけに大人びた低音が鼓膜を刺激して、才介は泣いてしまった恥ずかしさと、それを受け入れてくれた相手の優しさに、感謝をするべきなのか赤面するべきなのか迷ってしまった。
「ああ、悪いな。感情に整理がつかなくて」
「わかるよ。せっかくここまで来たのに残念なことになったな」
どうやら鈴木は才介の大会での結果を知っているようだった。
まだだれにも話していないし、瓜生がそれを話したとも思えないのだが。
そう才介が尋ねてみると、鈴木は全くべつの話と勘違いしていたらしいことがわかった。
相手はそもそも文芸甲子園や全国オール学生将棋選手権戦のことを俎上に載せてすらいなかったのだ。




