73.眠らない首都
才介は温かいコーヒーを口の中で転がして内開きの窓を開けた。ライティングデスクに座って空調の温度を上げると、窓から冷気が流れ込み、反対に温風はそこから逃げていった。
その寒いとも暑いともいえぬ気温を味わいながらテレビをつけた。早朝のニュースはバラエティ性に欠け、お天気情報を延々と流し続けている。それを見ながらようやく、今は東京に来ているんだと実感した。街並みや景色や交通機関の利便性に差はあっても、そこまで県外にやって来たと実感することはすくない。
だが、こうして何気なくテレビをつけて、お天気の情報欄を眺めているときに、品川は晴れているだの、静岡は何度だのと言われているのを聞いて、「ああ、そういえば自分は関東に来ているんだな」と妙に納得してしまうのだ。
電気スタンドに目を向けると、瞳孔が収縮してくしゃみが出た。才介は洟をすすってから内開きの窓を閉める。外から小さく聞こえていた風の音や排気音がぴたりと止んで、室内には暖房とニュースキャスターの無機質な話し声が充満した。
三次試験の結果発表までにはまだまだ時間があるが、興奮のせいですっかり目が覚めてしまったために、浴槽に湯を貯めることにした。
きっと落選しているだろうな。
帰り支度を整えないと。
そう弱気になる心を、身体の汚れと一緒に洗い流してしまいたかった。
バスローブを脱いで、ザブリと湯につかる。そうしていると副交感神経が刺激されてすこしだけ落ち着くことが出来た。
「このまま夜が明けなければいいのにな」
そう臙脂色に染まる街並みにぼやいてみる。
日本の首都は眠らないようだった。




