72.彼我の実力差
「そこまでだ。コンピュータは起動したままにして退室しろ」
気が付いたらそう叫ばれていた。
今回は余裕をもって見直しまで終えていた。
ストーリーにはやや不安が残るが、それぞれが苦手なジャンルを執筆させられているのであれば、話の面白い、面白くないよりも、構成技術や文体のほうが重視されるのではないかと思った。
くらくらする頭を揺らしてロビーに行くと参加者全員が集まっていた。
「よう才介。お前はどんな話を書いたんだ?」
瓜生に問われて、才介は先ほどの物語をかいつまんで説明した。
彼は、ふーんと頷いて、「ベタだな。ストーリー面には工夫が見られないし、よっぽどうまく書きでもしない限りは落選確実だぞ」と言った。それは嫌味でもなんでもなく、真実だからそう語っているといわんばかりの確固たる表情だった。
「じゃ、じゃあ、瓜生はどんな小説を書いたんだ?」
「ああ、俺はノーベル文学賞受賞者をテーマにした」
それはノーベル文学賞を辞退した(正確には辞退することはできないが)パステルナークを主人公に据えて、ソビエト連邦の言論弾圧を厳しく非難する内容だった。
時代小説といえばサムライが帯刀している。くらいのイメージしかない才介は、その自由な設定に度肝を抜かれた。そんなストーリーは自分では思い付かないだろうと素直に感心させられる。
「あんたはなにを書いたんだよ!」
急速に込み上げてくる劣等感と敗北感を払しょくするべく、たまたま近くにいた検事志望の五十嵐幹久に話題を振った。彼はたしかファンタジー小説を書いているはずだった。
「私は六法全書を片手に戦う霊媒師の話を書いた。六法全書を魔力を宿した本として設定し、世にはびこる悪霊をその本を用いて退治していく話だ」
普通に面白そうだった。
五十嵐幹久ならば詭弁も論理も得意ジャンルだと思うし、うまく自分の土俵で勝負しているなと思った。
「あら、私も負けていないわよ」
鳥谷莉々七がしゃしゃり出る。
彼女はホラーを書いていた。
「ある朝に目が覚めるとそこには死神がいて、私にこう語りかけてくるの。『お前は7日後に死ぬ。それが嫌なら他の人物を呪え』ってね。そして私はだれを呪うべきか選定するんだけど、そうやっていくうちに自分を嫌っている人間や他人の悪意に気付いていくっていうお話よ」
「身もふたもないね。それじゃあ救われない」
古江富美加は震える声で言った。
「じゃあ、あんたはどんなものを書いたのよ!」
「私は……もっと残酷だけど」
そう彼女は語り出す。
残酷なのかよ、と突っ込むのはやめておいた。
「主人公の女の子は過酷ないじめを苦にして自殺未遂をしてしまうの。そうして、一度は死を決意した彼女はあることを思いつく。『あ、私じゃなくてコイツらを殺した方が得じゃん。私が死ぬ必要はないし』そうして綿密な計画を練ってから殺人計画を実行していくの」
ホラーというか、バイオレンスな内容だった。
だけどあの卓越した心理描写でそれを書かれたとなるとかなり怖いだろう。
「そんじゃあ由紀夫はどうなんだ?」
一瞬、場の空気が凍り付いた。
才介は刺すような厳しい視線を感じる。
それでも由紀夫はいつも通りに話し始めた。
テーマは恋愛小説だ。
「ぼくは官能小説にしてみました。主人公は風俗嬢で、お客さんの性欲を満たすために愛のないセックスを繰り返していきます」
や、やめろ。お前のイメージが崩れる。
でも一昔前の純文学では性描写はむしろ一般的だったから、イメージがどうのこうのと難癖をつけるのもおかしなことだと言葉には出さなかった。
「そんな虚無的な生活をしていると、ある資産家からめかけにならないかと誘われるんです。だけどこの女性には好きな男がいました。金と愛で揺れる女心を表現した内容になっています」
やばい、次元が違い過ぎる。
才介はもうすでに実力差の壁を感じ始めていた。
この中では自分が最下位だともうわかってしまった。
「僕はSF小説を書きました」
最後に竹沢弘也が口を開いた。
「政府によって、配偶者や残せる遺伝子も管理されている世界が舞台です」
めちゃくちゃ凝った内容だ。
コイツ、バカだけど頭は良いようだ。
「この国は人工的に天才を生み出すことに成功し、商業的な成功を収めます。ですがこの非人道的な政策に、国民だけでなく他国からも批判が集まり、国家転覆を企てたクーデターが起きるっていう内容です」
設定だけなら他の追随を許さない面白さだ。どの作品も甲乙つけがたい魅力があった。
「なるほどね。まあこの先だれが残っても恨みっこなしだな」
才介は逃げるようにしてその場を後にした。
もう勝てる気がしなくなっていた。




