71.苦手ジャンルの引き出し
いよいよ三次試験が始まる。
山本由紀夫と竹沢弘也は、今回も別室で受験をするようだ。
参加者のほとんどいなくなったコンピュータルームは、学級崩壊したクラスのように人がいなかった。細く張られた糸がピンと緊張するように、才介の鼓動も一秒一秒をしっかりと刻んでいた。もう直に開始の合図が発せられる。
今回の試験内容は事前に説明があった。
それぞれの苦手なジャンルを執筆してくれとのことだ。
才介は苦手なジャンルなどないと思っていたが、主催者には『恋愛小説』を書くように言い渡された。他の受験者については、瓜生安吾が時代小説、五十嵐幹久がファンタジー、古江富美加がホラー、山本由紀夫は恋愛、鳥谷莉々七はホラー、竹沢弘也はSFだった。
進行役が目の前に立って全体を見渡し始めた。
あの長い前置きがそろそろくるなと才介は身構えた。
「おはよう、作者諸君。ひとまずはここまで生き残ったことを誇るがいい。そして周りを見てみたまえ。隣にいたはずのライバルはいつしか姿を消し、悲痛な叫びとともにこの会場を後にしていった。わかるか。これは形を変えた小規模な戦争だ。世界情勢がこの先どうなるかなんてことはだれにもわからないが、おそらくは武力行使よりも経済制裁が多用されることになるだろう。そこで考えてみてほしい。諸君らが戦っている相手は間違いなく競合企業であり、蹴落とすべき存在にすぎない。最後まで生き残った者のみが強者であり、それ以外は敗者である。それを胸にこれから執筆に臨んでほしい。それでは各々に書いてもらう小説を再び読み上げていく。メモの用意はいいか?」
進行役は手にしていたクリップボードから目を離して言った。
「それでは執筆開始だ。健闘を祈る!」
才介は頭の中に用意していた構想を紙に書いていく。
大筋のストーリーは決まっていた。
古江富美加の留学という言葉がヒントになったのだ。
舞台は高校で、主人公は内気な女子高生。
主人公には気になる男子がいたのだが、なかなか気持ちに踏ん切りがつかず、告白を先延ばしにしてしまっていた。彼の特別になりたいという気持ちと同じくらい、今の関係を卒業まで壊したくないという願いもあった。
だが、両親の仕事の都合で海外に引っ越すことになり状況は一変する。引っ込み思案で自分の意見を主張できない性格が、どうせ転校するのだからと前向きに変わっていったのだ。そして思い切って告白をしてみると両思いであることが判明し、お互いが同じ大学を目指して頑張っていくことになるというお話だ。
一応、遠距離恋愛であるという葛藤も入れられるし、主人公の成長も書けるからこんな感じでいけると思う。
あとは、起、承、転、結、の四部構成にわけて、それぞれの章で見どころを設定していく。まずは主人公の内気な性格や好きな人がいるという描写を"起"として、"承"は転校の話が決まって焦る主人公とその内面の移り変わりを書く、そして"転"は徐々に積極的に行動をするようになって、"結"で告白する。なんだかベタな気もするが、やっぱり王道は強いと思う。
よし、後は時間の許す限り執筆だ。




