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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第6章 群雄割拠の文芸甲子園
70/87

70.才介の決意と背水の陣!

「三次試験に残ったのはたったの七名か。もう一桁になってしまったな」

 そうフロントに掲示してある合格者発表に目を通す。

 瓜生安吾、村上才介、五十嵐幹久、古江富美加、山本由紀夫、鳥谷莉々七、竹沢弘也のみとなっていた。


 会場内には失望の色の混じった絶叫が響き渡っている。

 その阿鼻叫喚の光景に才介は唾を飲み込んだ。

 せっかくここまで来たんだ。どうせなら優勝を狙っていきたい。


 だけど、もし負けたら、そう思うと積み上げてきたものが大きいだけに不安になってしまうのだ。それに昨日は山本由紀夫に啖呵を切ってしまった。なおさら負けられないというプレッシャーが気を重くする。


「まさかお前が文芸甲子園の本選でここまで生き残るとは思わなかったぜ」

 瓜生安吾は喜びの表情もたたえずにそう言った。それは才介自身が痛感していることでもある。このままでは確実に落選する。だからこそ今ここでレベルアップする必要があるのだ。


「これから先のステージに行くためには独創性が求められます」という山本由紀夫の言葉の意味を寝る前に咀嚼してみた。小説とは人生経験そのものだ。今まで培ってきた知識や技術はなにも小説だけに限らないのだ。


 例えばドラマでも映画でもいい。そこで学んだ演出方法やカメラのアングル、その一つひとつが小説を書くための糧となるのだ。小説の知識だけでは、キャリアが浅い以上は水をあけられて当然だし、きっとここから先ではボロが出てしまう。


 ならば自分の得意なジャンルで勝負をするべきだ。

 スポーツ経験があるのも躍動感のある描写が求められたときに役に立つし、松岡千歳の歌ってみたのオーディションや渡辺真理子の定食屋の存続の危機、それに鈴木翔太の将棋選手権は、最も近くでその苦悩に触れ合ったからこそ得られた唯一無二の経験ではないか。こういった話を形にしていく技術、ドキュメンタリー番組のような構成がこれからは必要になってくると思った。


「瓜生。悪いけど俺、この大会は優勝することにした」

「何を言っているんだ、お前。この大会には……」

 才介はみなまで言わせない。

「地方新聞で大賞をとった瓜生にも、六文仙の山本由紀夫にも、検事志望の五十嵐幹久にも、自由奔放な鳥谷莉々七にも、平成のフランツ・カフカと呼ばれた古江富美加にも、ナルコレプシーの竹沢弘也にも、俺はもうだれにも負ける気がしねえ。この大会に優勝した姿を、月の化身に見せてやりたいんだ。あんたの弟子はこんなに立派になったぜって」


「笑止千万!」

 そう理屈っぽい声が飛んでくる。そろそろ来る頃だとは思っていた。

 長身痩躯でフチなしの眼鏡をかけた青年は哄笑する。

「そなたの力量ではここまで生き残ったこと自体が奇跡。ここから先は実力世界だ」


「だったらあんたを削ぎ落としてやるよ」

「なんと殺生なことを……脱落しても慈悲はかけぬぞ」

「それはこっちのセリフだぜ」

 あらあら、醜い争いだこと。

 鳥谷莉々七の皮肉が耳に届いてきた。


「凡人があれこれと騒いだところで無駄なのにねえ。勝利のお膳立てをしてくれてどうもありがとう」

「不要。そのようなプライドは小説を書く上では不要。そんなものは私が削ぎ落としてくれる」

 五十嵐と鳥谷のやかましい二人は離れたところで丁々発止のやり取りを始めた。


「村上君。今の話、聞いてたよ。私も負けるつもりないから」

 気の弱い古江富美加は力強い眼差しで才介を睨み付けた。

「ああ、のぞむところだ!」

「僕だって、この業界ではだれにも負けるつもりはありませんよ」

 丸眼鏡に小学生のような童顔。そして不似合いな学ランに身を包んだ竹沢弘也はそう宣言する。


「お前はふにゃーってなるからあまりそういうこと言うなよ」

 たしかカタプレキシーと言っていた。これが差別的な発言に取られたら謝罪するつもりだったが、竹沢はとくに反論をしてこなかった。


「才介さん。昨日は失言をしてしまいました。今日は正々堂々やり合いましょう!」

 中性的な顔立ちをした色白な山本由紀夫は手を差し出してきた。握手をして言い返してやる。


「言っとくけど、勝つのは俺だからな」

 フローラルの匂いを嗅ぎながら参加者全員の前で宣言する。これでもう背水の陣だ。負けることは許されない。

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