7.暇人チャットアプリ
才介は全国の暇人とチャットが出来るというアプリで遊んでいた。
適当に夕食を済ませてベッドに寝そべっていると、日常の嫌な出来事がほんのすこし軽く感じられる。
『ひまじゃ。』『だれか絡も。』『暇な人~』とタイムラインが更新されるのを見て、どこかホッとする。何者かにならなければ、社会に貢献しなければという焦りが、有象無象の一言コメントによって消失していくのだ。
「お前ら仕事しろよ」
そう画面に向かって呟くと、すうっと液晶が暗くなり自分自身の姿が映された。
「ふん、くだらねえ」
才介はあわててタッチパネルを操作して、一言コメントに対する返事を書き込んだ。
『退屈そうだね』
絵文字も顔文字も添付せずに文字だけを入力すると、スマートフォンがバイブレーションし始めた。
『無聊をかこつ毎日だよ。大人は自分の世界しか見ちゃいない』
なんだコイツは? 才介は入力する手を止めた。
用いる語彙が他の者とは全く違う。
こんな言葉を使うのはどんな人間なんだ。たちまち好奇心に支配された。
おそらく瓜生とか石嶺先生みたいな、むかつく偏屈野郎なんだろうけど。
『何かあったのか?』
『どうもこうも煩悶を重ねる毎日だよ』
『詳しく聞かせてよ』
『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやってね。どうせ理解できないよ』
『何を言ってるんだ。暇なんだったら会おうぜ!』
相手の住所は都道府県だけでなく、市町村区まで表示されていた。この地域ならば才介の家から遠くない。
タイムラインの画面が細胞の新陳代謝よろしく次々に生み出されていく。
しかし才介のコメント欄だけは空白のままだった。待てど暮らせど返事が来ない。
「やっぱり引かれちゃったか―」
額に手を当てて落胆していると、
『ちょっとだけならいいよ。ちょうど人と会ってみたかったし』
バイブレーションとともにそんな文面が送られてきた。
ちょうど人と会ってみたかったし。という文言に違和感を覚えつつも、才介は待ち合わせ場所を指定した。