61.一縷の望み
昼休憩が終わると、才介はすぐにコンピュータルームへと向かった。全面ガラス張りの室内には、たくさんのコンピュータが用意されていた。
入室する前には簡単な手荷物検査があり、筆記具やメモ帳、携帯電話などの通信機器はすべて没収されてしまった。
「これから文芸甲子園午後の部を開催する。
お題は前述したとおり、『広義によるミステリー小説』だ。
トリックの有無は問わない。
ミステリー小説は殺人事件だけではないよな。
高校生ならではの発想の飛躍を期待する。
持ち時間は4時間とするが、執筆終了次第、部屋に戻って休んでよしだ。ただし、再入室は不可能とする。またトイレに行きたくなった者や出題の意図がわからない者については、静かに手を挙げるように。
説明は以上だ。
各人の手元には、白紙と筆記用具をこちらで準備させてもらった。創作の一助にしてくれ。それでは、執筆開始だ」
進行役の説明が終わると、午後の参加者が一斉にタイピングを始めた。プロットを紙にまとめようとする動きはほとんどなく、過半数の人間はコンピュータになにかを出力していた。
どうする。どこから始めればいい?
物語の骨格すらも出来ていない才介は、焦っていた。
とりあえず手を動かすか? でもなにを書けばいい。
ならばプロットを練るか? テーマがあいまいだからそれも難しい。
あのときはどうした? 初めて推理小説を書いたとき。
キャラが勝手に動いていなかったか?
「完成度が高い作品は、キャラがひとりでに、動き出すんですよ。私はそこに、カメラを向けて、文章という名の映像を、お届けするようにしています」
月の化身もそう言っていたではないか。まずはキャラクター造形から入るべきだろう。
では、どうやってキャラクターを考えていくか。ミステリー小説にふさわしい生い立ちや舞台設定を整えていけば、おのずと道は拓けるはずだ。
まずは、学生。そして舞台は、大学受験。
中国は子どもの自殺率がもっとも高いとされ、その動機の半分は勉強のプレッシャーだと言われている。
今や点滴のチューブが刺さった状態で授業を受ける生徒がメディアに取り上げられるなど、超学歴偏重社会が問題視されている。
日本も高度経済成長期においては、このような実態が取り沙汰されていた。だから他山の石と切り捨てるのではなく、あえて焦点を当てるべきなのかもしれない。
これらを加味して導き出される主人公は、一人っ子の息子がいいだろう。両親の期待を一身に背負う立場だから、テーマを深掘りしやすい。
両親はなるべく厳格にしたい。学歴コンプレックスを持つ母親と大学で教鞭を執る父親にしよう。
これだけだとエンターテインメント性に欠けてしまうだけでなく、そもそもミステリー小説の体裁をなしていない。だから、『カンニング』という違法行為を付与する。
カンニングを達成するべく手練手管を尽くす主人公と、それを阻止すべく奮闘する試験官との、空前絶後の頭脳戦。
あとはカンニングをするにあたってのトリックだが……。




