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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第6章 群雄割拠の文芸甲子園
60/87

60.検事と天才、そして才介。

「ずいぶんと勉強熱心ねえ。私が受かるのは当然だからいいけど、凡庸な人間はどれだけ努力したって無駄なのに」


 本棚のかげからひょこっと女子高生が現れた。グレーの上衣に、赤いチェックのスカートを穿いている。胸元につけられたリボンは良いアクセントになっていた。眉は薄くきつい印象を与えるが、自由奔放なたたずまいがそれを打ち消していた。


「受け入れがたし。そなたの意見は認めるわけにはいかんな」

「だれよ、あなた」

「私は五十嵐幹久。検事になる男だ。今は司法試験に向けて勉強をしている」


 女子高生はいぶかしそうにためつすがめつしていたが、

「まあいいわ。勉強は努力で補えるでしょう。だけど、私が言いたいのは小説よ。小説は才能の世界よ」

「いいや、小説は彫刻の世界だ。才能など不要。そんなものは私が削ぎ落としてくれる」

「削ぎ落とす? まさか私を出し抜くつもりかしら。ごめんなさいね、あなたなんか眼中にないわ。私のライバルは山本由紀夫だけよ」


「ちょっと待て。俺もいるぞ」

 才介は読みかけの本をぱたんと閉じて、議論の渦中に割って入った。

「ああ、もう、混乱する。あなたはなんて名前?」

「俺は才介。村上才介だ」

「私は鳥谷莉々七。よろしくお願いしません」

 彼女はつんと冷淡にあしらった。高飛車ではあるが、思ったことをそのまま言葉にしているようで、嫌味なニュアンスは含まれていなかった。


「そうか。鳥谷はなんで小説を書いているんだ?」

「いきなり何よ、失礼ね。しいて言うなら楽しいから。趣味が高じてここまで来ちゃったのよ。あなたはどうして書いてるの?」

「俺は有名になりたいからだな。応援してくれるみんなの期待にもこたえたい」

 瓜生には哲学的なことを言っておいて、ここでは浅はかな回答をした。それは才介自身が執筆する動機を確立していないからだった。


「なかなかいいじゃない。検事さんはどうして書いているのかしら?」

 鳥谷が水を向けると、五十嵐はアゴを引いて言い放った。

「警鐘を鳴らすため。世界に比して日本人は犯罪に対する危機意識が希薄だ。自分は被害者になりえないと思っている。その誤りを正し、善導していきたい」


 さすがは法律の専門家志望だ。ほとんどの人々は凶悪犯罪をどこか対岸の火事にとらえている節がある。

 才介は正鵠を射た発言に、ほほう、と唸ってしまった。


「今回の一次審査ではどんなことを書くんだ?」


「推理小説は私の土俵だからな。裁判ものを書くつもりだ。

 事件は年々増加傾向にある高齢者犯罪を取り扱う。

 窃盗や年金の不正受給。そこからは国家のずさんな政治背景が垣間見えるはずだ。生きるためにパンを盗むのは犯罪か。もしそうならば、犯罪者を生産しているのは国家ではないのか。その是非を問う」


 かなり深いテーマだ。うまく掘り下げれば、優勝することさえも幻ではないかもしれない。このジャンルではおそらく天下無双だろう。ならば、まともに取り合ってはいけない。別の取り口を見つけなければ、がっぷり四つで押し出される。


「期せずしてライバル出現ね。とても面白いわ」

「そなたは決まっているのか。どのような小説を書くのか」

「当たり前でしょう。私は三人称多視点で、完璧な家族とその裏側を書くつもりよ」

 鳥谷はそう背中をのけぞらせた。偉ぶっているつもりだろうか。


「内容は、一見するとだれもがうらやむ理想の家庭。

高給取りの父親と家事全般が有能な母親。

一流の私立大学に通う優等生の兄と全校生徒の憧憬の的である中学生の娘。


イケメンで背の高いお父さんは休日になるとキャンプに連れて行ってくれるし、おしとやかで美しいお母さんは授業参観は欠かさず見に来てくれる。

だから周囲からは絵に描いたような完璧な家族と称されるの。


でも、その実態は違っていた。

父親は酒とギャンブルに溺れ、ストレス解消のために平気で家族を傷つける人だった。

休日のキャンプだって娘は行きたくないのに、ご機嫌取りで連れ回されているだけ。


母親は家事や暴力によって鬱積した感情を子どもたちにぶつけるの。箸の上げ下ろしにも叱責が飛び交い、授業参観は、娘が模範生徒であることを確認するためだけに訪れるの。兄については放任主義になっていて、バイトや遊びでほとんど家に帰らない。


ある日、娘は児童相談所に相談するんだけど、家庭不和の実態が不透明で確証が得られず、近隣住民への聞き込みをしても完璧な家族として語られるだけ。だから娘は決心するの。家出をしようって。ストーリーは以上よ」


 壮大な家庭ドラマだった。

概要だけでも、十分にその魅力が伝わってくる。


「ところで、あなたはなにを書くつもりかしら?」「そなたはどのような小説を書くのだ?」

「俺は、まだ、決まってない……」

 それは、偽らざる本音だった。

 広義のミステリー小説を書けといきなり言われても、経験の浅い才介には物語の引き出しがなかった。

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