58.小説を書く意味
「おい、バカ!」
小休止の時間。めずらしく瓜生が話しかけてきた。腕を組んでイラついたようにしている。
「バカってなんだよ」
「そろそろ文芸甲子園の予選結果が発表された頃だろ。どうだった?」
ああ、こいつなりに心配してくれているのだな。才介はそううれしくなったが、
「受かった。けど、吉川ちゃんは落ちた」
そう泣きはらした彼女のことを思い出す。夢とは残酷な現実だった。
「そうか、それは残念だ。彼女のファンタジー小説は下級生ながら秀逸だったからな」
淡々としているようで、瓜生は会員のことをしっかりと掌握していた。
「その言葉は吉川ちゃんにかけてやってくれよ。彼女は今、すごく落ち込んでいるから」
「そうだな。まさか内部分裂を起こされるとは思わなかったが、いい会員だった」
本当にそうだと才介も苦笑する。瓜生と月の化身はすこし似ている。不器用で意外と繊細なところがある。
「お前はなんで小説を書いているんだ?」
瓜生は世間話のように訊いた。
雨雲は絵の具をこぼしたようにその範囲を拡大していて、すぐにでも泣き出しそうな天候だった。
「世間で思われているほど、悠々自適ではないだろ」
「俺は教科書に載りたいと思っているんだ。俺がこの世界に存在したってことを、後世の人に伝えてほしい。ほとんどの人間は無名でこの世を去るが、それではなんのために生まれてきたのかわからないだろ」
「哲学的だな」
瓜生はふっと白い歯をこぼす。
「だったらお前はなんで書いているんだよ」
「日本語を伝承するためだな。世界の共通語は英語。世界でいちばん話されている言語は中国語だ。日本人はグローバル化の波で母国語を大切にしなくなった。だけど俺は日本語が好きだ。この美しい言語を後世にも伝えていきたいと思っている。だから俺は筆を執る」
「立派だな」
作家になるべくしてなったような人物だ。才介は感嘆する。
「お前の目標はなんだ? 文芸甲子園の本選は、想像よりも過酷だぞ」
「俺の目標はもちろん優勝することだけど」
才介は不退転の決意で、
「ゆくゆくは日本文学を牽引していこうと思っている。将来は伊藤汐のようなセンセーショナルな作家になりたい」
「加藤汐だろ。伊藤汐ってだれだ」
間違って本名を口にしてしまった。才介はあわてて訂正する。
「まあいいや。けど、優勝するのは俺だ」
瓜生も負けてはいない。
「人生に敷かれた線路を破壊するためにもな」
「線路?」どういう意味だ?
「俺の両親は大学で教鞭をとっている。だから息子である俺も教育学部のある大学に進学して、教員免許を取得して同じ道筋をたどるってのが、俺の人生のシナリオだ。だけど俺は作家になりたい。ここまで時間を費やしてきたんだ。諦めたくない」
サッカーで挫折を経験した才介には、その言葉は重く響いた。
「そうか。やっぱりあんたは立派だ。だけど俺にも譲れねえものがある。悔しい吉川ちゃんの想いも、未熟な俺を応援してくれた仲間にも、叱咤激励してここまで俺を成長させてくれたあんたにも、そしてなにより、俺に文学を薦めてくれた彼女のためにも、負けるわけにはいかないんだ」
俺に出来る精一杯の恩返し。
それは、文芸甲子園で、優勝することだ。
「まあ、大会で会おうぜ。そのときは敵同士だがな」
一陣の殺気を放って、瓜生は自分の席へと戻っていった。
もうじきに、卒業のときは来たる。
それまでに才介は何者かになれているだろうか。




