55.六文仙と死に様
インターネットで調べたらすぐにヒットした。文芸甲子園はそれなりに有名なようだ。
推薦枠での今年の出場者が名簿になって載っていた。各都道府県からひとり選出されている。選出していない地域もあった。
瓜生の名前ももちろんあったが、『大本命』とでかでかと書かれた文字の隣に躍っている文字は決して見逃すことの出来ない名前だった。
『現役高校生にして六文仙と称された傑物、山本由紀夫』
前に話題になったことのある六文仙だ。ノーベル文学賞に最も近いとされる上位六名が名乗ることを許された称号。
それを冠する人物が、この先に、いる。
「燃える展開じゃねーか!」
そう気焔を吐いてシャーペンを走らせる。物語の骨格は松岡千歳のオーディションの話にすると決まっていた。寝込んでいる小間に考えた構想もこれである。
テーマは努力と才能。
身を削り心を粉にしてライバルと競い合い、ラストシーンでは才能のある者が優勝するといった感じ。
努力が報われない、少々身もふたもない話を書いてみたかった。我ながら学園祭での出来事を引きずっているなと才介は苦笑した。
「どうしたんですか。百面相のまねなんかして」
「すこし考え事をしてただけだ」
そうアイスティーにガムシロップを大量に入れる。最初は勢いよく流れ出る粘性の高い無色の液体が、終盤にはよだれのように糸を引いて垂れていた。よく見るとそれは澱になってカップの底に沈んでいた。才介はそこにストローを投げてすすってみた。甘い。甘くてベタベタする。のどの粘膜にその甘味料がまとわりついて、ひりついた。酸でも飲んだ気分だった。
「うわ、甘党ですね。糖尿病になりますよ」
「ほっとけ」
なんだかうなじに脂肪がついたように思う。それでも頭脳を酷使すれば糖分が欲しくなるのだ。
学生通りの喫茶店はいつも通りやかましかったが、げんなりとはならない。作業の手を止めなければさして気に障ることはなかった。
「先輩、私、目標が決まりました」
「ああ、そうか。それは良かったな」
「もうなんなんですか、その態度」
「うん。どうした?」
けだるい身体を起こしてみると、怒っているような喜んでいるような、氷炭相容れぬ、吉川愛の顔があった。
「私、先輩といっしょに文芸甲子園を目指します」
「うん、そうか。がんばれよ」
だが、才介は歯牙にもかけなかった。彼女のことなどもはや眼中になかったからだ。
吉川愛と競い合うつもりはすこしもない。それどころか勝負すら成立しないだろう。
この短期間で才介は開花した。あとは散るのみだが、それまでは輝きを損なうつもりはなかった。
太陽のごとく燦然と無情の世界を照らし、花火のように美しく散りたかった。そのためには瓜生も六文仙も踏み台にするつもりである。
芥川も太宰も川端も三島も、自害によってその生涯にピリオドを打ったのだから、自分自身も格好よく死に様を飾りたい。
なればこそ、わかりやすい最盛期を迎える必要がある。六文仙の打倒だ。
それさえ果たせれば死んでもいいような気がした。
才介は何者かになりたいと切望していた。そしてそれは死して名を残すという意味だったのだ。




