54.敗北。その後…
病気自体は大したことがなかった。
点滴を受けてすこし寝たら治ったのだ。
保護者にも一報を入れようかと担任の先生に訊かれたが、断った。
見舞いに来た客は、鈴木翔太、松岡千歳、渡辺真理子、吉川愛、元文芸同好会会員だった。
才介は、大切な学園祭を台無しにしてすまないとあやまったが、彼らはだれひとりとして怒らなかった。そのため余計に良心の呵責に苦しんだ。
学校は数日間の休みをもらった。その間に新作の構想を練った。もはや小説を書くことは呼吸をするのと同義になっていた。
「悪いな、瓜生。勝負の行方をうやむやにしちまって。だけど言い訳をするつもりはねえ。不戦敗で俺の負けだ」
昼休みの図書室で海外小説のハードカバーを読んでいる瓜生に、才介は叩頭した。
この勝負に負けたらもう小説を書かない。そういう約束だった。
その覚悟で挑んで負けたのだ。心中には部活動を引退するときの寂寥があったが、それも仕方のないことだろう。
カチコチと秒針だけがときの流れを告げる。ふん、と瓜生は本から顔を上げた。
「その話は無効だ。勝負が成立しなかったんだからな」
「え」
「売り上げを競うことは間違いだった」
「いや、なにを言っている?」
「お前の小説、読ませてもらったよ」
「……そうか」
「まあ、悪い気はしなかった。バカなりにも必死に書いているのが伝わってきたしな」
「なんだと」
「そこで相談だ。文芸甲子園に興味はあるか?」
「文芸甲子園?」それはなんだと聞こうとして、遮られた。
「全国の高校生が文学で鎬を削る大会だ。小説だけじゃない。詩部門やエッセイ部門もある」
「興味、津々だ」
「そいつは重畳。来年の一月初旬に本選がある。もしも俺と競い合うつもりなら、応募してみたらどうだ?」
「応募?」
「各都道府県ごとに地区予選があってな。そこで上位だった者が本選に招待される」
「あんたも、応募するのか?」
「俺の席は推薦枠ですでに決まっている。だから、勝負するもしないも、お前次第だ」
「もちろんやってやるよ」
「勇ましいな。締め切りまでもう時間がないぞ。せいぜいがっかりさせないでくれよ」




