53.薬物乱用頭痛
ひとつの教室を間借りして、出店の名前は文学喫茶店として売り出した。軽食やコーヒーは渡辺が担当した。歌い手の松岡はなんと刹那を招待していて、数時間おきに音楽室でデュエットソングを披露することになっていた。そのライブチケットは才介らの努力の結晶である文芸誌の付録であった。
鈴木は将棋の五人同時指しを行うことになっていた。それは一種のパフォーマンスである。彼に勝利した者には伊藤四段のサイン色紙が進呈されるという特典付きだ。吉川愛の率いる元文芸同好会会員は客引きと販売を引き受けてくれた。
そして肝心の才介は、ノートパソコンで執筆をしていた。それというのも、巻末のURLから才介のブログに飛ぶことが出来て、読者は現在進行形で更新される小説も楽しめるようになっているからだった。
売り上げは好調だった。
喫茶店のメニューが良かったのかもしれないし、松岡と刹那の生ライブが奏功したのかもしれないし、鈴木のパフォーマンスが人目を引いたのかもしれないし、元文芸同好会会員の接客が丁寧だったのかもしれないし、単純に文芸誌の内容が充実していたのかもしれないし、才介のブログが反響を呼んだのかもしれない。
なにが受けたのかは定かではないものの、ここまでは順風満帆だった。
「う、ん。なんか頭が痛いな」
すべてが狂う兆候は、才介のこの何気ないひとことだった。
学園祭の準備に追われてほとんど休めていなかったため、彼は疲労困憊の状態であった。
「いつもよりも薬の量を増やすかな」
そう常用している解熱鎮痛剤を、普段の倍以上口に含んで、水で押し流した。
一度は逆流しそうになったが、白い粒を無理に飲み込んだ。それからエナジードリンクを飲む。
無茶苦茶なことをしている自覚はある。だけど、自分勝手な夢のためにこんなにも多くの人が協力してくれているのだ。
なればこそ、弱音を吐くわけにはいかない。そうキーボードに手を置こうとして、嘔吐感が去来するのがわかった。
ここのところ体調が悪くて、しょっちゅうもどしていた。
トイレに行くことを告げて、便器に顔を突っ込むと不快感から吐瀉物が噴き出した。黄色い液体がザバァと広がって、酸っぱいにおいがすぐに充満した。それを嗅いで、またもどすを繰り返して、胃液が空っぽになってから教室に帰還した。
頭痛が増していた。また解熱鎮痛剤を服用する。症状は余計にひどくなった。薬物乱用頭痛だ。頭の中がパンパンに肥大して、内部から頭蓋骨を圧迫しているような痛みだった。このままでは、頭が破裂して脳漿が飛び散るんじゃないかと思った。
それはダメだ。この学園祭のためにみんながどれだけ準備をしてくれたかを考えろ。死ぬのは構わない。だけど、せめて学園祭が終わるまでは無事でいたい。死ぬのはそれからでもいいじゃないか。今はくたばるわけにはいかない。
していると、視界が赤く染まった。そのフィルム越しに仲間の姿が見える。俺にかまうな、仕事をしてくれ。そう唇を動かすが声が出ない。なんでいつもこうなんだよと泣こうとしても、涙が出ない。なにもかもが空っぽになってしまった。
ああ、もう、嫌だ。何度目かのまばたきで瞳を持ち上げる気力すら失っていた。救急車の音が遠く聞こえた。




