51.三角関係
不意に、人の気配がした。
足音がした。
参拝客だろうか。
「あれ、先輩」
そのシルエットは背が低くて、ツインテールをしていた。
「なにしてるんですか? こんなところで」
吉川愛だった。なんでこんなところにと思ったが、夏祭りの存在を教えてくれたのは彼女だった。
まずいことになった。傍からすれば三角関係だ。
「ちょうど都合がついたから、息抜きにさ」
「待ってたんですよ。ずっと、ひとりで」
スマートフォンを握りしめる吉川の右手は震えていた。
彼女が今、何色の浴衣を着ているとか、そんなことは気にならない。
才介はこの状況を打開することだけに脳の回転を費やしていた。
この修羅場は小説のネタになりそうだが、実際に経験してみると胃がきりきりと痛むだけで、ちっとも面白くない。
「ごめん。書き上げたときには日が暮れていて、それから電話するのも忍びないかなって」
月の化身には吉川愛のことは話していた。
だからといって油断はならない。双方から口撃されないとも限らない。
「電話じゃなくても、連絡手段はあるじゃないですか?」
吉川の怒りは収まらない。
「その女の子はだれですか? 私、聞いていませんよ」
謎の彼女目線で、吉川は2房の髪を揺らした。
「私ですか?」
そう月の化身、伊藤汐が応じる。
「私は妹です。だよね、お兄ちゃん」
「え?」
才介が戸惑っていると、浴衣姿の伊藤汐はウインクをした。
女の浮気はバレにくいというが、なるほど、女はみんな女優だ。
「ああ、その通りだ。すこし行き詰まって、息が詰まっていたから、水入らずの時間を過ごしていたんだ」
「そう、なんですね。なんだか釈然としませんが、まあ、いいです」
「お兄ちゃん、見てみて。すごく綺麗」
才介の肩をバシバシ叩いて、月の化身は斜め上の夜空を指した。
火薬弾が連続して打ち上がって、花を開かせるさまは壮観だった。
「本当に綺麗だ」
「そうですね。本当に綺麗です」
なぞるように吉川は言って、
「今回のことは不問に付します。だから先輩、学園祭まで突っ走りましょうね」
彼女は満開の笑顔を咲かせた。それは花火と同じくらい綺麗だった。




