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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第1章 村上才介の憂鬱
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5.渡辺の弁当

 燃え尽きた。そうウェストミンスターの鐘を聞きながら、才介は机に突っ伏す。

 今回に限ったことではないが、最近は情緒が安定しないことが多い。

 理由はよくわかっているつもりだが行動に移す気力がない。

 いまさら何をすればいいのだろうか。スポーツ選手の競技寿命は非常に短命である。これからサッカーを始めたとしても大成する見込みは皆無だろう。


「はあー」

「ため息ばかりついてると幸せが逃げるよー」

 ボーイッシュな見た目とは裏腹に料理が得意だという渡辺真理子は、近くの空いている席に腰を下ろした。今日も弁当を作ってくれたらしく、風呂敷包みの弁当箱を二つ持っている。

「あれ、鈴木くんは?」

 教室内をキョロキョロと見渡しながら渡辺は小首をかしげる。いつも同席している鈴木がいないから戸惑っているのだろう。


「あいつなら詰め将棋の勉強をするって言って図書室に行ったけど」

「そっかー」

 包みをほどきながら渡辺は相槌を打った。

「伊藤先生に憧れてばかりじゃダメだ。俺は先生をも超える男だって息巻いてたぜ」

 ははは、何それー。

 そう渡辺が笑うと良い匂いがした。

「今日は、豚肉のマヨ照り焼き弁当にしてみたよー」

 そう二段弁当のふたを開けると、茶色を基調としたおかずが詰まっていた。

 豚肉の照り焼きと味付け卵が仲良く並べられ、仕切りを挟んで、塩ゆでされたブロッコリー、シイタケとエノキの炒め物がある。


「いただきます」

 才介は手のひらを合わせてから、ブロッコリーをつまんだ。

 固すぎないし、野菜のうまみも凝縮されている。また腕を上げたなと思う。

「渡辺は将来の目標とかってあるのか?」

 豚肉をかじると、定番のしょうが焼きよりもコクがあった。

 味付けに使われたマヨネーズが、深い味わいを引き出している。


「将来の目標? 今は近くに中華料理屋さんがオープンして大変だけど、実家の定食屋さんを継ぐことかなー」

 のんびりした口調ではあるが、その双眸からはプロの現場に立つ覚悟がうかがえた。

 この弁当作りも彼女なりの訓練なのかもしれない。


「ゆくゆくは定食屋さんだけじゃなくて、お弁当屋さんとしても機能させていきたいよねー。テイクアウトされるお客様とか、お店に来られないお客様にも、最大限に喜んでもらいたいしねー」

 胸のどこか奥がチクリと痛んだ。

 今更ながら、みんなが夢に向かって努力していることに気付かされる。


 瓜生は小説家、鈴木はプロ棋士、渡辺は定食屋の店舗拡大。

 何も考えずにのうのうと生きてきたのは自分だけだった。

 奥歯をかみしめながら渡辺のボーイッシュな出で立ちを見る。女子高校生にしてはおしゃれに無頓着だなとは思ったが、夢を追うことに必死でそれどころではなかったのだろう。ショートヘアーにしても、より厨房向きという感じがする。


「村上くんは?」

 何気なく、無邪気に発せられた言葉が突き刺さる。

 訊いた以上は、答えなければならない。


「なんだろうな。模索している最中だよ」

「そうなんだ。見つかるといいねー、将来の夢」

 渡辺はシイタケとエノキの炒め物を小さな口に放り込んだ。


「なあ、渡辺。なんで実家を継ごうと思ったんだ?」

「えーと、それはねー」

 屈託のない笑顔を向けられるとつらい。今の自分には同じ表情が作れないからだ。

「お料理を作って、誰かに食べてもらうのが好きだからかなー。これってもう天職だよねー」

 本当にうれしそうだな。

 才介は思わず吹き出しそうになるのをなんとかこらえる。


 好きなことをやっている人間はどうしてこんなに輝くのだろう。純然としていて雑味がない。

 濾過された水のように透き通っていて、中身が透けて見えるようだった。

「俺も夢中になれることを見つけないとだな。無為に年を取るのだけはごめんだぜ」

 そう言うだけでは、焦りが募るだけで、何も解決はしないのだが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議と次話へ次話へと読み進める魅力がありますね( ・∇・) 劇的な何かが起きているわけでもない、それでも、ささくれ立った少年の心の描写に惹かれるのか(゜∀゜) 漠然とした不安に苛立つ…
[良い点] とても読みやすい文章。 たんたんと読み進められます。 [気になる点] 弁当作ってもらえるなんて(略) [一言] 主人公のリア充ぷり。あまりの怒りに書き込んでしまいました。
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