47.夏祭り
夏祭りが始まるまでは、一日千秋の想いで過ごした。
時間は遅々として進まず、ようやくこの夜を迎えることが出来た。
吉川愛はなかなか折れてくれず、「先輩も創作意欲が刺激されるはずですから、ぜひ!」などと日が迫るごとにしつこくなった。
その日は推敲の作業があるから、行けるかわからない。
だけど時間があれば必ず行くから、それまでは友達と楽しんでくれ。
そう折衷案を提示すると、なんとか彼女の機嫌を損ねずに済んだようだった。
日没してからもしばらく待っていると、月の化身があわてて駆けてきた。
ちょうちんが吊るされた屋台の入り口で、彼女はごめんなさいと息を切らして言った。
水色の浴衣にピンクの帯が巻かれている。右手には小物入れが提げられていた。
足元のぞうりからのぞく指は細くて美しい。
「俺もさっき来たところだからいいよ」
「今日は日没が遅かったですね」
「確かにいつもよりも長かったな」
そう連れ立って歩くと、
「一緒に来れて嬉しいです」
狭い歩幅で屋台を一瞥しつつ、月の化身は笑った。
俺もだよと才介も返す。
「何か食べたい物とかないのか?」
「おまかせします」
うーんと思案しつつも、人混みが多くなってきたため、二人は自然と手をつないだ。
もしも手首の脈をとられていたら緊張していることがまるわかりなほど、才介は自身の拍動を抑えることが出来なかった。
手汗とか大丈夫だろうかと心配になる。
していると、ソースの甘い香りが鼻孔をくすぐった。焼きそばの屋台である。
鉄板の上で豪快に調理されていく様を見ていると、よだれが溢れてきた。
「ここにするか?」「はい」
プラスチックの容器で焼きそばを受け取ると、並んで石のベンチに腰掛けた。
アスファルトで舗装された道路からすこしはずれた草原だ。地面にはビールの缶などが落ちていた。
「うまいな、これ」
「はい」
彼女の喜ぶ顔が見れただけで、ここまで来たかいがあったと才介は思う。
吉川には申し訳ないが好きな人と過ごす時間は格別だった。
月の化身は一生懸命に箸を動かしている。空腹だったのか食べるのが早い。
「あれ」
そう口から言葉が漏れた。
浴衣がめくれて、彼女の青白い柔肌が見えていたからだ。
「それは、やけどのあとか?」
青白い肌には無数のただれがあった。




