46.以心伝心
いつものように誘蛾灯の真下にあるベンチに座ると、そこはひんやりとしていた。
真昼のうちに太陽光を吸収しただろうが、ベンチからはそのぬくもりが感じらない。
最近では空が高く見えるようになっていて、その度に月の化身がどこか遠くへと旅立ってしまうのではないかと不安になった。
秋の索漠とした風がそうさせるのか、はたまた虫の知らせか。
「夏祭りですか。いいですね、行きたいです!」
柔らかくて小さな手の平が、そっと才介の手の甲と重なった。
才介の心臓は天にも召しそうなほど動揺したが、そんなことはおくびにも出さずに鼻から息を吸い込む。
取り入れた空気は凛然として寒冷であったが、血液の供給機関が灼熱の働きをしてくれたおかげでちっとも感じない。
こうやって好きな人と同じ景色を共有している時間が、いちばん幸せだった。
「良かった。推理小説はもうすこしで仕上がるから、新作を書くモチベーションが上がるぜ」
「新作は、何を書くのですか?」
彼女がもぞもぞ動くと、ピーコートの袖が当たって痒くなった。
今日はスウェットの上に外套を着ている。
「吉川ちゃんっていう後輩の女の子が、ファンタジー小説と恋愛小説を書いてくれるそうだから、他ジャンルで攻めようと思っている」
「そうなんですね。ちょっと楽しみです」
白い月を眺める彼女の目がとても綺麗で、六歌仙や六文仙の話は出来なかった。
才介は言葉など必要ないと思った。
こうしていっしょにいるだけで、以心伝心である。
膝頭をそっと月の化身に向けると、彼女も艶っぽい唇をこちらに返してくれた。
しばしば濃密な時間を過ごした。舌の絡まる音が、静寂な夜に背徳的に響いた。
それでもすこしだけ、もうすこしだけこうしていたいと、才介は心の底から願っていた。




