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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第4章 瓜生安吾の独裁政権
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44.誤解と曲解

 う、ん、と身体を動かすと、柔らかいマットレスが肘の重みで沈んだ。

 ぼやあっとする視界に白いカーテンが映り込む。

 あれ、ここは?

 あわてて身を起こすと、薬品の臭いがした。

 額に手を当てると、冷えピタシートが貼られていた。

 保健室だろうか。

 ベッドのふちに腰かけて周囲を観察していると、物音に反応したのか、養護教諭がカーテンの隙間から顔をのぞかせた。


「大丈夫? ひどい発熱だったよ」

「知恵熱です。ご迷惑おかけしました」

 白衣の女性に礼を述べると、やはり頭痛がした。

 思わず顔をしかめてしまう。

「もうちょっと寝てなさい。もしひどくなるようだったら、病院に行ってもらうわよ」

「わかりました」

 真っ白な枕に頭部を置くと、意外とすんなり夢を見れた。


「うはは。起きてるか?」

 声がした。

 ひどい倦怠感のため、すぐに目を開けることは出来なかったが、身を起こすと心なしか体調が良かった。

 これなら帰宅してすぐに執筆作業に取りかかれそうだ。

「ああ、おかげさまで元気百倍だ」


「文芸同好会とひともんちゃく起こしたんだって?」

 鈴木はいつもと違って、低い声だった。

 黙殺を決め込むと、学校中でうわさになっていると言われた。


「いろいろあったんだよ」

「笑えねえよ、才介」

 なんだか鈴木は怒っているようだった。

 なにか感情を逆なでるようなことをしただろうか。才介はそう不安になる。


「いくら瓜生が嫌いだからって、好きでもない小説を書いて文芸同好会に加入しようだなんて、意味がわからねえ」

「は?」

「文芸同好会に入ろうとして、拒否されたんだろ? 」

「ああ」


「才介が小説を読まないことは、クラスメイトの瓜生だって気付いているだろ。それなのに安っぽい情熱だけで門戸を叩かれたら、その道の専門家からしたら不愉快だろうぜ」

「なにを言っている?」

「嫌がらせで入会しようとしたんだろ? 文芸同好会に」

「瓜生がそう言ったのか」

 そうなのだとしたら絶対に許せない。

 才介はほぞを固めて小説家を目指しているのだから、そう思って当然だった。


「いや、満島から聞いた」

「満島?」

 それはだれだと訊こうとして、やめた。

 文芸同好会の教室に入ったときに、場の騒動を収めた気の強そうな女子がいた。

 その人物が、満島と呼ばれていたことを思い出したからだ。

 思い込みが激しそうな性格だから、その偏見によって事実を捻じ曲げたのだろう。


 才介が小説にかける意気込みと、その充足ぶりを説明すると、鈴木はようやく明るい表情になった。

「なるほどな。だけどこのままじゃ才介は負けるだろうぜ」

 うはは。鈴木はそう笑い飛ばした。

「そんなことはわかっている」

 ムッとなって言い返すと、

「それなら俺にも案があるぜ。どうやら文芸同好会も一枚岩じゃなさそうだしな」

「本当か?」

「相手は内部分裂を起こしているらしいじゃねーか。その瑕疵かしにつけ込んで堤防を決壊させてやる」


 二カッと歯ぐきを出してオラウータンになると、

「うはは。持ち駒はまだいないのか?」

「持ち駒って言うな。協力者ならひとりいる」

「だれだそれは?」

「後輩の吉川愛っていう女の子だ。知ってるか?」

「知らねえ」

 白いカーテンに手をかけて、鈴木は最後にこう言った。


「才介は自分のことだけやっていればいいさ。学園祭で勝てるように俺も尽力するからよ」

「なんでそこまでしてくれる?」

「仲間が夢に向かって努力してんだから、応援したくなるのは当然だろ」

 うははと笑って出ていくその背中を見送っていると、すこし泣けてきた。


 俺は鈴木の夢を応援してやることが出来なかった。

 それなのに……。うっと嗚咽をこぼしそうになって止める。

 悔やんでばかりではいけないのだ。

 そう奥歯を噛みしめて心に誓う。俺は絶対に負けない。だからお前もプロ棋士になれよ。

 これはとても恣意的かもしれないが、学園祭の売り上げで勝ち越すことが唯一の恩返しになると才介は思った。

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