43.睡眠障害
赤信号に気付かずに横断歩道を渡ろうとして、思い切りクラクションを鳴らされた。
連日連夜に及ぶ執筆活動のせいかもしれないし、単なる注意不足かもしれない。どちらにせよ頭の中は小説のことと学園祭のことでいっぱいだった。
推理小説は短編ではあるが、だいたいの展望がつかめてきた。
このまま順当にいけば十分に間に合うだろうが、文芸同好会に対抗するにはあまりにも本が薄すぎた。
まさか一編の推理小説だけを載せて売り出すわけにはいかないだろう。
相手は多くの作家を抱えている。
彼らの実力がどの程度かはよく知らないが、人海戦術で攻めてくることは間違いない。
よりたくさんの人に足を止めてもらうべく、多様なジャンルを網羅してくるはずなのだ。
「うはは。朝から信号無視とはやるじゃねーか」
鈴木翔太が自転車でスーッと滑ってきた。
器用にペダルの片側に乗ってから、地面に着地した。惰性ですこし走って止まる。
「ああ」
「うはは。相変わらず、素っ気ないな」
うつむいていると、どこか具合でも悪いのかと尋ねられた。
具合ならこのところずっと悪い。
睡眠障害に陥ったのだろうか。執筆を早めに切り上げて寝ようと試みることもあったが、夜間になると妙に交感神経が昂ってしまい眠れないのだ。そんな日がずっと続いた。
あれ以来だ。才介はそう曇りの多い空を眺める。
文芸同好会に宣戦布告してからというもの、心が休まるいとまがなかった。
「なにか悩み事があるんなら、話してみろよ。うはは、笑い飛ばしてやるからよ」
鈴木を無視して歩道から車道に目線を転じると、ごうごうと自動車が通過していった。
どのドライバーも法定速度より速いスピードで走っているから、そこに飛び込めば意識も混濁して、いい感じに眠れるんじゃないかと思った。
「おい、どうしたんだよ」
肩をつかまれて、前後に揺らされた。
ふわふわ漂う意識をなんとか憑依させて、才介は愛想笑いをした。
「あはは、考え事をしてた」
そう言って笑うと、
「なんかお前変だぞ。なんでもいいから話してみろよ」
そう肘で小突かれた。
やかましいと鈴木を軽く押すと、その反動で才介が倒れてしまった。
体幹はそれなりに鍛えていたつもりだが、現役を退くとここまで衰えるものなのか。そうゆっくりと立ち上がると足元が痙攣した。同時に強い吐き気を感じてアスファルトの上にしゃがみ込む。
冷たい。
すこし前までは、地面がなくなってしまうほど熱かったのに。
「おい、しっかりしろ」
鈴木の声がおぼろげに聞こえる。
なんだか心地よい。このまま寝てしまおうと思った。




