40.吉川愛の評価
うーん、と吉川が伸びをした。
才介も推理小説の指南書を片手に、どうにかこうにか、骨組みだけは完成させることが出来た。
借りてきた本をもとの書棚に戻す。出来栄えはまあまあいいはずだった。
「ねえ先輩。はかどりましたか?」
「まあ、そこそこ書けたかな」
「先輩の小説ってどんな感じなんですか? ちょっと読ませてほしいです」
階段を下りていると、吉川はえくぼの顔でちらりと見た。
才介の胸中では、読んでほしい衝動と非難される恐怖がせめぎ合ったが、これからは執筆アドバイザーとして頼っていく手前、見せないというわけにもいかなかった。
「いいけど、閲覧席で読めよ」
そうスクールバッグからルーズリーフを取り出す。
才介は手書き用の原稿と、パソコン用の原稿では、その内容を微妙に変えていた。
手書きでは漢字表記が難儀になるためひらがなを多用しており、パソコン書きでは難読漢字もちらほら入れるようにしていた。
今回はライトな文体だから、高校生でも読みやすいはずだった。
どれどれと偉そうに席に着いた彼女は、たちまちに苦言を呈した。
「漢字表記が多すぎです。これは漢文ですか?」
才介が唇の前で指を立てるしぐさをすると、吉川はぶるぶると震えた。
寒さではなく、怒りが原因だろう。はあ、とため息を吐いている。
「とにかくです。これでは硬すぎます」
「おかしいな」
「対象年齢はいくつを意識されてますか?」
「若者の活字離れが深刻だから、読者層は中高年に絞っている」
「だからですよ。それならこうしましょう」
彼女はひとつため息をこぼしてから、
「ブログを開設するんです」
「ブログかよ」
「短い言語で表現するSNSも大事ですが、どちらかといえばブログの方が長文に向いていますし、小説を載せることだって出来ます」
「なんだって?」
才介の目が光を帯び始めた。小説という単語が心をつかんだのだ。
「ブログは毎日更新していればファンがつきます。共通の趣味を持った友達だって出来ますよ」
「でも、なにを書けばいいんだ?」
「基本的には日記を書いていればいいです。賛否ありますが、ブログをやっていれば筆力も向上するそうです」
「そうなのか」
「果たしてこの文章が若い世代に受けるのかどうか。あまり時間がないので早く試してみましょうよ」
才介はこれまで、『読者』を意識してはいたが、『読者層』は想定の範囲外だった。
読者は月の化身しかいなかったのだ。そこまで思慮を巡らせるのはいくらなんでも酷というものだろう。
先程の中高年に狙いを絞ったという発言も、実は真っ赤な嘘だったのだが、これが評価されるかはまるで未知数だと才介は思っていた。




