4.退屈な授業
高校生の芥川賞作家。中学生のプロ棋士。そして瓜生。
大成する人物はもうすでに花が開いている。
花どころか芽さえも出ていない自分はいったいなんなのだろう。
現代文の時間にあくびをしていると、才介はその教師に黒板の前まで来るように言われた。
「あくびという漢字を書いてみろ。それが出来れば今回のことは不問に付す。出来なければ課題を増やす」
たかがあくびをしただけで大袈裟だな。そう上下を紫のジャージで統一している先生を見上げた。
バレー部の顧問だけあって背が高い。
格闘技にも習熟しているらしく、ジャージ姿なのは生徒と喧嘩をするためとうそぶいているようだ。
才介は、ふん、と鼻を鳴らして白のチョークを手に取った。
殴るようにして『飽馘首』と書き付けていくと、白墨が削れて粉が舞った。
「なんだこれは?」
「飽きたからクビっていう造語です。縮めてあくびです」
教師はみるみる頬を紅潮させて、長い腕をわなわな震わせた。
才介はテナガザルみたいだと思った。
その長い腕が唸りを上げて飛んできた。
中学サッカーでフォワードを務めていたときも、こういった『影の暴力』が横行していた。なんど健脚を削られたかわからない。
教師の体軸は一直線に保たれていて、片腕を上げたことによるズレはない。体幹がしっかりしている証拠だ。この手は後退したとて避けられないな。
才介は相手の右脇をくぐった。身長差があるため、懐に潜り込むことは容易である。
「どうした。俺が執るのは教鞭だけだぞ」
現代文の先生は競技かるたをする気迫で教科書を手にしていた。
なんだか一杯食わされた心地がする。
「瓜生安吾、小説家ならこれくらいわかるだろ。成績は芳しくないが語彙は豊富だからな」
「うるさいですよ、石嶺先生。文法なら、あなたよりも理解しているつもりです」
瓜生が黒板の前までやって来た。
いしみねと読むのか。才介は新しく赴任してきた教師の名前がわからなかったが、ようやく合点がいった。
うわさを耳にすることはあっても、みんなが石ちゃん石ちゃんと呼ぶため、苗字がわからなかったのだ。
自己紹介はちゃんと聞いておくべきだった。
瓜生は黒板にチョークを叩きつけながら、文字を形成していく。
『欠伸』
そう記入してから才介のそばまで来ると、「お前さ、頭悪すぎ」と言った。
「ふん、くだらねえ」
漢字が書けないくらいで焦りは感じなかった。
「正解だ。二人とも席に戻っていいぞ」
石嶺先生は血管のよく浮き出た手の甲を振ると、黒板消しで才介と瓜生の文字を消した。