39.トリックと中だるみ
図書館の自習室に着いてから早速ルーズリーフを取り出すと、吉川愛は怪訝な表情を隠そうともしなかった。
眉に縦しわを作って、腹が立つほど目を細めてみせたのだ。
「もしかして先輩、いまだに手書きですか?」
両手を口に当てて、へえと呟くと、
「失礼かもしれませんが、時代遅れですよ」
彼女は言うのだった。その手元にはノートパソコンが用意されている。
慣れた手つきでカチャカチャとブラウザを立ち上げていく吉川はどこか得意げだった。
「家ではちゃんとパソコンを使っている!」
すこしムッとなって反論すると、周りにいた学生の一部がこちらを向いた。だがすぐに耳にイヤフォンをはめ込んで机に戻る。
「声が大きいですよ」
ひそひそと小声で注意されると、余計に才介の癇に障った。
罫線の最上段に仮タイトルを書き込んで、どうにか気持ちを落ち着けた。
「どこの新人賞も手書きは受理してくれませんよ。時代は進歩しています」
ふん、くだらねえ。そう唇を動かすと、彼女も執筆用のツールを表示していた。
そこにはプロット用と小説用が区分されていて、その情報はすべて電子媒体が処理していた。
「イワシの頭も信心からだな」
そんな皮肉が出たのは、才介が電子機器をそこまで信用していないからであった。
「ふんふん」と鼻唄まじりにワイヤレスマウスを器用に動かす吉川は、ブラインドタッチで文章の作成に取りかかった。
タイピング速度が異常に速い。
才介はそう息をのむ。
キータッチの音が驟雨のように降り注ぐ。
その高速連打は間断なく続けられ、ややもすると、目の前で一編の小説を完成させてしまう勢いだった。
キーボードの配列を目で確認して、それからようやく指を置く才介とは、まるで雲泥の差だ。
あっけに取られつつも、これではいけないと自分を叱咤して、ルーズリーフに話の構成をまとめていく。
「トリックは後回しでいいです」
ここまで来る途中、吉川はぴしゃりと言い切った。
「持論ですけど、あまりにも大層なトリックは面白くないですから」
そう興奮したような調子で語りだす。
「むしろ場面設定こそが大事ですね。何か事件を引き起こすにしても、その舞台装置が効果的に働いていないと、中だるみが生じて面白くならないですから」
なんだかよくわからなかった。
それが顔にも出たのか、彼女はもっと噛み砕いて、
「事情聴取のシーンとかつまらなくないですか? あれ、中だるみです」
「メリハリをつけるためならいいんじゃないか?」
「そうですけど、読者に飽きられる危険性がありますよ」
ふうんと頷くと、若い通行人にじろじろと見られた。
女子高生がいきなり「事情聴取はつまらない」と言い出したのだ。
もしかしたら前科者と思われたかもしれない。
「話は戻るけどよ」
そう前置きしてから、
「トリックが後回しってことは、作品の世界観や舞台装置に合うようにトリックを考えるのか?」
「違いますね。要は緊張感を持続させるためなので、トリックは適当に思い付いた仕掛けで大丈夫ですよ。ただの高校生にそこまでの技量はさすがに求められてはいませんから」
吉川は話を続ける。
「身近にひそむ危険をトリックに据えるのもありです。この前、女子高生が浴槽でなくなるという悲惨な事故がありました」
「そんなことがあったのか?」
「メディアは大々的には取り上げなかったんですけど、スマホの充電をしていたのが原因らしいです」
「ほうほう」
淡々と続ける吉川の話に興味をひかれた。
「入浴中に充電器の接続口が浴槽に落ちて、感電死したんです」
「怖いな」
「はい。こういう身近な危険をトリックにするのもありだと思いますよ」




