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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第4章 瓜生安吾の独裁政権
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38.推理小説と吉川愛

 推理小説の置かれた書棚を見ただけで才介は委縮してしまいそうになった。ミステリーとはかくも人気のあるジャンルだったのかと唸らざるを得ない。ここの本屋は駅に近いため利便性がよく、多種多様な本がそろっていることで有名だった。

 書店員も本についての造詣は深く、「新人賞をお探しでしょうか。それとも作家をお探しでしょうか」と尋ねてきた。


 才介はよくわからずに新人賞を探していますとだけ言った。前に月の化身から、有名な文学賞は中国の官吏試験『科挙』よりも倍率が高いと聞いたことがあるので、選りすぐりの秀作を読もうと考えたのだ。

 そこに陳列してあったのは、汗牛充棟と表現して差し支えがないほどの蔵書量だった。それも各新人賞ごとに綺麗に並べてある。ここまで多くあると何を選べばいいのかわからないのが人情だ。そう長く逡巡している才介を見かねたのか、書店員は声をかけた。


「私は江戸川乱歩賞がおすすめですね」

「そうなんですか」

「では、ごゆっくり」

 役目を終えた書店員は持ち場へと戻っていく。


「大変そうですね。学園祭では推理小説で戦うんですか?」

 聞き慣れない声がした。振り向くと、背の低いツインテールの女の子がそこにいた。才介と同じ高校の制服を着ているが、見覚えのない人物である。

「初めましてになりますか。私は吉川愛と申します」

「…………」

 いきなり名乗られても返答に窮すばかりだ。

 才介はつい探るような目つきをしてしまった。


「文芸同好会の会員ですよ」

「偵察か?」

 文芸同好会とは因縁がある。正確には同好会にではなく、特定の会員にだが、この際どちらでも良かった。要するに全員が敵なのだ。

「そんなんじゃありません。決して」

 瞳孔を大きく開いて、吉川は言下に否定した。


「私は同好会を退会しましたから」

「退会?」

 どういうことだと目を細めると、彼女は続けた。

「どうもこうもありませんよ。総会長、というのは瓜生先輩のことですが、総会長の言動には、私はいつも辟易していたんです。そこに今回の一件がありました。総会長にどのような過去があるのかは知りませんが、さすがにあれはひどすぎます」


「その通りだが、何故やめる必要があった?」

「今の同好会は公募を突破すること、つまりデビューすることが第一優先で、作家の個性をちっとも尊重してくれない独裁体制にあります。こんなところでやっていたら息が詰まってしまいますよ。それなら私は、無名でもあなたのような強い意志を持った作家の方とご一緒したいです」

 浮き出た鎖骨が色っぽい彼女は、いけませんかとトーンを抑えた。


「しかしいいのかよ。向こうは大船、こっちは泥船だぜ。乗船するのは勝手だが、辛い航海になることは明白だぞ」

 才介はやんわりと拒否したつもりだったが、

「それなら私は航海士ですね」

 彼女はぴょんぴょん跳ねて二房の髪を躍動させた。


「推理小説なんて、俺は読んだことがないんだぜ。あんたに教えることは何もない」

「じゃあ、私が教えます。ミステリー好きなんで」

 にいっと妖艶に笑む吉川。かすかに八重歯がのぞいていた。


「どうしてそこまでする? 目的はなんだ」

 なんだか怪しく思えてきたぞ。才介は詰問するような調子になった。

「うーん、総会長が嫌いだからですかね」

 さらっととんでもないことを口にしてから、彼女は反対に質問してきた。


「先輩はどうして門外漢なのに推理小説を書くことにしたんですか?」

「ある人に言われたからだ。俺の文章は硬いから、こっちが良いって」

「そうなんですね。後で読ませてくださいよ。私も見せますから」

 うん、ありがとう。

 そう書棚と対面する。やはりどれを選ぶべきか見当もつかない。


「これと、これと、これです」

 吉川がひょいと本を取り出すと、その部分だけ櫛が欠けたようになった。

「ユーモアミステリーと本格推理とサスペンスです。まずは基礎を学びましょう」

 吉川には有無を言わせぬ圧力がある。才介は本を受け取ってから訊いた。


「あんたも推理ものを書くのか?」

「私ですか? 私はダークファンタジーと恋愛小説がメインですよ」

 はあ? 何だそれは。

 俺はこんなよくわからないやつに教わるのかよ。

 行きましょ行きましょと肩を押されて、レジへと向かう道中に才介は何度も嘆息した。

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