表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第4章 瓜生安吾の独裁政権
37/87

37.分の悪い勝負

「面白い展開になってきましたねー」

 上下が灰色のスウェットで、蒼白な色をした彼女は、才介の渡した原稿を片手にそうつぶやいた。

「そうか! これは自信作なんだ」

 ようやく認められたかと小さくガッツポーズを決めると、

「いえ、それではなくて先程の話です」

 月の化身は表情を変えずに言った。


「それにしても、児戯に等しいとは言いえて妙ですね。さすがの慧眼けいがんにお見それします」

 彼女は口元を押さえて、ふふっと失笑する。

「いや、あんたそう思って読んでたのかよ!」

「はい」

 真面目な顔で白い歯をのぞかせる。彼女は、小説に関しては忌憚のない意見を表明することが多かった。


「それはすまない。これでも真剣に書いているつもりなんだ。今日だって、太宰治の『斜陽』を模写して、文法を勉強したつもりだし、これからも……」

 あわてて言葉を並び立てる。

 彼女にまで否定されてしまったら、なんのために頑張ってきたのかわからなくなる。


「最初はそう、思ってました。でも今は」

 誘蛾灯がバチッと音を鳴らすが、全体的にその回数も減ってきた気がする。

 夜になると、昼間と比べてだいぶ空気が冷たかった。

 秋の香りもかすかに漂っている。

「そんなことはありません」

 ぴゅうと吹く冷気が2人の男女をくっつけた。

 恥ずかしがっていても人間は寒さに勝てないのだ。

 才介は彼女のぬくもりを、服を媒介して感じ取った。


「文章力だけならプロと同等かそれ以上ですし、物語の構成や伏線の張り方も成長しているし、地の分にはひと文字ひと文字に魂が宿っています。お相手の小説を読んでいないため、滅多なことはいえませんが、普通の高校生よりも語彙が豊富で、大人の魅力がある気がします」

 まさかのべた褒めだった。

 才介は照れでカアッと身体が熱くなった。

 密着しているから月の化身にもそれが伝わったかもしれない。

 感嘆符が才介の言語中枢を占領する。そのせいで適切な言葉が浮かんでこない。


「だけど、問題もあります」

 その発言に、尻の穴がきゅっと引き締まる思いがした。耳を傾けざるを得ない。

「対象年齢が高すぎるので、大人や玄人には受けますが、高校生にはやや難解かもしれませんね」

 そうなのだ。作品を発表する場は本屋ではなくて、高等学校の敷地内である。

 いくら文学として優秀な小説でも、それを理解してくれる読者がいなければ売れるはずがないのだ。


「それならそれで、私にも作戦があります。推理小説で勝負しましょう」

「は?」

「大丈夫です。推理小説なんて誰でも書けますから」

「無理だろ。まずはトリックが思い付かねえ」

「じゃあ、宿題です。推理小説を百冊読みましょう」

「冗談だよな?」

「それだけ読めば、誰でも書けるようになっていますよ」

「時間が足りねえ」

「可能な限り読めばいいですよ。推理といえども本格に限りません。ユーモアだったり、社会派だったり、ホラーテイストだったりと応用は可能ですし、あなたの文章なら多様性に富んでいるので、バラエティーのある推理小説が出来上がるんじゃないですか?」

 まあ、説得力はあるとしてもだ。才介は苦言を呈することにした。


「高校生が想定読者なら、ライトノベルで勝負するのが王道じゃないか?」

「そうですね。基礎が固まっているので、文章を砕いて軽くすることは容易でしょう」

「だったらラノベを書くべきじゃ――」

「それでは、角を()めて牛を殺す結果を招きますよ」

「え?」

「あなたの文体は、枝葉にいたるまでが硬派です。それを崩したら魅力は半減しますよ」

 月の化身は才介の筆使いを熟知しているようだった。

 推理小説か。最も嫌いなジャンルだと才介は天を仰ぐ。月の周辺では叢雲むらくもが泳いでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ