34.先見性の鈴木
夕日の差し込む閑静な図書室には、才介と鈴木しかいなかった。本の貸し出しカウンターには図書委員会の人員がひとり座っているが、読書に夢中になっているのか、才介達には目もくれなかった。
「うはは。スタンプカードの計画はすでに完了しているぜ」
パチン、と音を立てて将棋盤に駒を置く鈴木。彼の手元にはタイマーが設置されていた。
才介は『米寿』で起きた事の顛末を説明し終えたところだった。
「は? 完了しているだと?」
言っている意味がわからない。
まずこの計画を立案した段階で彼はいなかった。それなのに先に手配を済ませたとはどういうことなのか。
「うはは。こうなることは大体予想がついたからな。先回りして動いただけだ」
棋士が先見の明に長けていることは知っていたが、ここまでくると未来予知である。
あのとき野暮用が出来たと言っていたのは、根回しを行うための布石だったのかと今さら思い知った。
「一介の高校生を相手に、向こうは許可してくれたのか?」
「うはは。『米寿』の代理人として振る舞ったからな。もちろんうまくいったぜ」
やはり北島さんのラーメン屋がつぶれたことは、他店舗の不安もあおっていたらしい。あっさりと事業が軌道に乗ってしまったせいで、肩透かしを食らった気分になる。
「残る心配は、うきうき弁当との業務提携くらいか」
それが最大の難所と言ってもいいくらいだ。
パチリと角行を動かす。すでに相手の術中にはまっていることはわかっていた。
「うはは、そうだな。まあ『烏龍飯店』はどこの飲食店にとっても目の上のたんこぶだろうから、きっと大丈夫だろうよ」
自信満々といった様子で盤上の駒を動かす鈴木。
「あの店は街全体の評判を落とすことになりかねないからな。うはは、やつらの接客態度は武士の商法に等しいぜ」
確かにそうだ。あれだけ尊大な態度をとっていたら村八分にされるのも時間の問題かもしれない。
「霧が晴れたぜ!」
才介はそう持ち駒を動かしていく。
迷わずに差したつもりだったが、気が付くと『詰み』を宣告されていた。




