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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第3章 渡辺真理子の経営戦略
30/87

30.学校はかすがい

 引き出しの中にある教科書類をカバンに詰め替える。クラスメイトはすでに退室していた。才介は人待ちのために小説を読んでいて、そのせいで出遅れたのだ。静謐せいひつな室内では、ちょっとした動作も大きく耳につく。ファスナーを閉める音さえもうるさく感じた。


「うはは。悪いな才介。野暮用が出来ちまった」

 ブックカバーのかかった本を小脇に抱えたまま鈴木は頭を下げた。彼は才介の手際を眺める格好で、机の隣に立っている。


 窓から映える景色はまだまだ明るい。夕暮れの時間は日を重ねるごとに長くなっていた。

 夏の足音を感じさせる柔和で暖かい微風が、ほとんど無人と化した教室に吹き込んでカーテンを揺らす。高等学校を卒業したらこの男とはもう会えないのだろうか。鈴木はプロ棋士、才介は作家、このまま順当に夢が叶ったら、もう運命の糸は交錯しないだろう。それぞれ別の人生を歩むことになるのだ。それは鈴木に限らず、松岡や渡辺と会う機会がすくなくなることも意味していた。生徒にとって学校はかすがいなのだ。


「もう渡辺と、会えなくなるかもしれないんだぞ」

 卒業したらではない。

 もしも家業が左前になっているのだとしたら、彼女は近く学校をやめるかもしれないのだ。

「うはは。そんな悲しいことを言うなよ」

 鈴木は誰にはばかることなく大口を開けて笑った。屈託のない笑顔が夕日で赤く染まる。

 コイツは事の軽重を理解しているのだろうか。そう心配にもなるが、性格が楽天的なだけでバカではなかったことを思い出す。

 鈴木には何か打算があるのかもしれない。それともただのエゴイズムか?


「用事って将棋のことじゃないだろうな」

 思わず詰問口調になったが、それを責めるつもりはなかった。

「うはは。まあ気にするなよ」

 それじゃ、と鈴木は小走りで出口へと向かう。

 マイペースな鈴木がこんなに急ぐのだ。きっと将棋の講習があるのだろう。

「松岡のことだってまだ解決してねーのに、のんきな野郎だぜ」

 才介は太い溜め息をこぼす。窓の外ではカラスがしゃがれ声で鳴いていた。

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