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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第2章 松岡千歳のオーディション
28/87

28.才介のジレンマ

 勉強机に向かっていると、ケータイが震えた。才介は使用中のワープロソフトを閉じる。

 床には百円ショップのパズルが置かれていた。完成図を作った方が効率がいいというのは身をもって体験したがそんなのは知識だけで十分だろう。確かに小説にも当てはまるトレーニング法かもしれないが、それは口で教えてくれれば済む話だ。


 エピソード記憶というやつか。才介は放課後の瓜生との会話を思い出す。

「プロットの重要性に気付かせるため、パズルを組み立てさせる。なかなかに面白いアプローチだな」

「変わったところのある女の子なんだけどさ。同じ作家としてどう思う?」

「そうだな。人間の長期記憶にはおおまかに二種類あって、言葉の意味だけを覚える『意味記憶』と自分の体験に基づく『エピソード記憶』があるんだ。エピソード記憶は感情に結び付けて覚えるから忘れにくいとされている。面白い着眼点だな」

 要点をかいつまむとこんな感じだった。


 スマートフォンを確認する。SNS上に『しょうゆ打者』さんから友達申請ありとの表示があった。本名じゃなかった。どうやら身元が割れないように偽名を使っているらしい。才介は許可のボタンを押した。


『貴様は俺様のファンだろう』

 早速メッセージが届いた。なんというか、短絡的な性格で助かったと才介は思う。

『その通りだ。俺はあんたのファンだ』

『そうか。直接トークしたいとはどういうことだ? 場合によっては通報することも辞さないぞ』

 通報とは、運営への通報機能のことである。不適切な発言をしてしまうと、アカウントが停止されて、SNSが使えなくなるのだ。


『相談に乗ってほしい』

 才介は松岡がネットの風評被害にさらされていることやオーディション会場のいきさつ、他の受験者との出会いに至るまで子細に説明した。


『だったら心配いらねえな。刹那の姉貴がなんとかするだろ』

『なんとかなってないからメッセージを送ったんだろ』

『貴様は俺様にどうしてほしいんだ? 俺様が元気づけたところで何も変わらないだろ』

『そうだけど……』

『刹那の姉貴は面倒見が良いんだ。女のことは女に任せておけ』

『もしも松岡が立ち直れなかったらどうしようか』

『やめるやつはどうしたってやめていく。それまでのやつだったと諦めるんだな』

『そんな無責任な……』そこまでタップしてから指を止める。


 中学生の頃にサッカー部をやめたとき、才介の耳には周囲のアドバイスなど入らなかった。

 舌打ちをしてから、文面を消す。

 無責任なのはいったい誰だ。これは、松岡自身の問題ではないのか。


『俺様はこれからバイトだ。熱く働くぜ!』

 それからメッセージはぱたりとやんだ。

 ここから先は松岡千歳の物語だ。俺に出来ることはもうない。

 そうワープロソフトを開いてタイピングを始める。文字列を把握していないため、イメージと表現との間にタイムラグが生じてもどかしかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二部読みました! 松岡さんの気持ちわかるなあー……。 負けたらおしまいなんだけど、住所を晒されるのはやっぱり躊躇しますね(´д`|||)。 ここで小説家のあの子の言葉が聞いてくるんですね!…
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