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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第2章 松岡千歳のオーディション
27/87

27.ネットリテラシー

「またここに来ていたのか」

 消毒液の臭いが鼻につく狭い室内を、才介はぐるりと見渡す。

 薄暗い蛍光灯は誰もいないデスクに降り注いでいて、そこには簡易的な問診票が載っているだけだ。来訪の目的は頭痛で、体温の表記には平熱と思しき数字があった。

 松岡は真っ白なベッドからすこしだけ身を起こす。優れない顔色をしていた。


「ねえ、何の用?」

「いや、用っていうほど大仰ではないんだけど」

「真理子ちゃんはどうしたの? 愛妻弁当は食べた?」

「渡辺は今日は休みだ。それよりも松岡」

 才介は話題を切り替える。


「オーディションのことだけど、まだ気にしてるのか?」

「気にしてない」

 唇を尖らせて反論する彼女は、それが本心でないと雄弁に語っていた。

 気に病んでいるんだ。才介は慰めの言葉をかけた。

「まあ無事に刹那がメジャーデビュー出来たんだし、結果オーライじゃねえか?」

「だからその話はもういいよ!」

 そうヒステリックにわめく松岡。楽しそうだったあの頃の面影はもうない。


 ネットの無責任な発言が彼女を暗くしてしまったのだ。才介は改めて現代社会の闇に直面する。

 何物のつもりだよ。加害者は正義をなした気分にでも浸っているのだろうか。無辜むこの民を捕まえて踏みにじって当人の人生を台無しにして。才介はそういう連中を心の底から見下しているし、バッシングを受けても柳に風と受け流すつもりだが、松岡みたいに繊細な女の子もいるのだ。だからこういうインターネット社会の趨勢すうせいは許せなかった。


 才介は『歌ってみた』の順位を発表することにした。決して不人気だったわけではないのだ。

「1位は刹那。2位は甲乙丙丁。3位はしょうゆ打者。……8位はアルバイト山崎。……20位が松岡。半分よりも良い順位だぜ」

 参加者は総勢で60名近くいたはずだ。彼女はなかなかの上位にランクインしていたことになる。


「しつこいな。私はもう歌いたくない。『歌ってみた』に投稿した動画だって消そうと思ったくらいだよ」

「何でそこまでしようと思うんだ。応援してくれる人だっていたはずだろ」

「うん。他の動画投稿サイトに転載してくれる人もいたし、それは嬉しかったよ」

「だったらその人のために頑張れよ。人の足を引っ張って、夢を壊そうとするクズのことなんか気にするな」

 昔の俺も、一歩間違えればそうなっていたのかもしれない。だけど道を踏み外さなかったのは月の化身と出会えたからだった。だからこそ才介は言う必要がある。あえてクズと断言することで過去の自分を脱却するのだ。


「私のせいで、その人まで標的にされちゃったんだよ。相手は確信犯だ。自分の正義のために徹底的にやる。このままじゃ個人情報だってさらされる」

「アルバイト山崎の野郎が、そう扇動したのか?」

「違うよ。どちらかと言えばリスナーの人達が、山崎くんを振るなんてサイテーという雰囲気を醸成したの」

「やっぱりあのナンパ師が主導者か。許せねえ」

「だから違うって。それに、開票結果が出てからは、何も言われなくなったし」

「だったら活動再開しろよ」

「やりたくない。だって楽しくないし……」

 もう寝る。松岡は長い髪を枕に乗せると、そのままふて寝してしまった。

 好きにしろよ。才介もそう言い残し保健室を出る。


「ふん、くだらねえ。何をやっているんだ俺は」

 才介はスマートフォンで『歌ってみた』のページを開いた。しょうゆ打者の動画を検索し、コメントを入力する。『オーディション以来だな。お前と直接トークしたいと思う。良かったらSNSにメッセージを頼む。IDは……』少し怪しくなったが、コメント表示を『対象のユーザーのみに公開』に設定して送った。

 歌い手の悩みは歌い手に聞くのが一番だ。それにSNSでの過激な発言で炎上中の歌い手だ。まさしく適材適所ではなかろうか。

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