25.イノベーター理論
「こ、こんばんは」
青白い少女は、上下に灰色のスウェットを着こんでいた。
「おう、隣に座れよ」
才介は横のベンチを軽く叩いた。彼女は小さく礼をして浅く腰かけた。
ぶんぶん飛び回る昆虫が懲りもせずに誘蛾灯に突っ込んでは絶命していく。その度に生じる火花や電流が、生命の終わりを静かに告げていた。
「なんだか、蒸し暑いですね。梅雨入りは、まだ、してないのに」
話すのが久しぶりなのか、彼女の言葉は一音一音がたどたどしい。
小説に話題を振ればそれも解消されるだろうが、才介は今、そんな気分ではなかった。
これから言おうとしていることは恣意的な理屈だし、彼女は一切悪くない。そうわかっていても、八つ当たりせずにはいられなかった。
「なあ。あんたの宿題、俺なりの答えは出たぜ」
ケータイのアプリと、ゲームソフトの話だ。
「ほ、本当、ですか」
「俺はゲームソフトが利益になると思う」
頭上でバチッと何かが弾けた。ブルーライトはそれでも平然と照っている。
「だいたい2016年くらいだったかな。CESA(一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会)が未成年のアプリユーザーに課金上限を定めただろ。それで青少年による課金率は減少を余儀なくされた。これが理由のひとつ目」
才介は人差し指を立てた。
「近年ではVRの普及でゲームソフトも最新化されているが、スマートフォンは音声通話を行うための通信機器だ。VRの導入はハッキリ言って必要ないと思う。だから実装はゲーム機に比べて大幅に遅れる。そう考えると時代の最先端を行けるゲームソフトが、利益を得るためには強いだろうな」
「そうですか」
月の化身は小さく返事をした。
才介は彼女を遮るようにして中指も立てる。
「これが理由のふたつ目。それでも懸念は残る。普段はゲームをしないアプリユーザーの動向だ」
正解だろうが不正解だろうが、構うものか。才介は三本目の指を立てた。
「ゲームソフトは買わないがアプリ内の課金はする。そんなユーザーがいるのか考えてみたが、そもそもゲームにお金を使うことのない人達だ。無料だからプレイをしているだけ。イノベーター理論で言うところのラガード。この層は絶対にお金を使うことはないと推測した。これがみっつ目の理由だ」
月の化身は肯定も否定もせずに、黙ってうなずいた。
「どのようにしてして売っていくかについてだが、それはあんたのキシリトールガムの話が答えだったんだ。要は相互提携。例えば、Aの商品を買うことでアプリ通貨がもらえるといったように、他者を潰すのではなく共存していく考え方。双方に利益が発生すれば協定が結べる。そう言いたかったんだろ」
彼女ははにかみつつも笑顔で拍手をした。
「は、はい。まさに、一を聞いて十を知る、ですね」
「ふん、くだらねえ」
才介は相手に聞こえるように舌打ちをした。
「それならどうして単刀直入に教えてくれなかったんだ。あんたのせいで松岡は……」
そこまで言うと、膝が震えた。
彼女は悪くない。むしろ感謝すべきだ。頭ではわかっている。
それでも胸を掻きむしる劣悪な感情が湧いて出てくるのだ。そいつは言葉の刃物を持って暴れ狂っている。どうにかしないと脆弱な月の化身を切り刻んでしまうかもしれない。




