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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第2章 松岡千歳のオーディション
21/87

21.尊大な努力家

「何者だ貴様は。まさか俺様のファンか?」

 何者はあんただろ。と言いたい気持ちをぐっと堪え、

「いいや違う。それよりもずいぶんと個性的なファッションだな」

 そう切り返す。松岡の収録を待っていたというのに、しょうゆ打者と邂逅してしまった。仕方なく談笑に付き合うが、言葉を交わすのも面倒くさい。


「今年のトレンドだ。貴様も真似して構わんぞ」

「遠慮させてもらう」だってお前不細工だし。

「流行に乗り遅れるぞ。俺様が日本を席巻するのも時間の問題だからな」


「ふん、くだらねえ」

 これ以上の自信過剰発言は精神的にこたえる。才介はいったん切り捨ててから、

「あんたの路上ライブ見たけどよ。すごい盛況だったな」


「やはり貴様は俺様のファンだろう。路上ライブにまで足を運ぶとは熱心だな」

「どうすればそこまでの声量が出せるようになるんだ? あのときはマイクも使ってなかっただろう」

 才介は無視して続ける。

「腹筋や背筋、腹式呼吸などの基礎鍛錬はもちろんのことだがな。キーは突然跳ね上がったりしないから、毎日のボイトレも必要になる。まあ俺様くらいの克己心がないと身に付かない特技だろうよ」


 言葉遣いは腹立たしいが、言っていることは意外にまともだった。

 こんなエキセントリックなやつでも努力しているのだと思うと、ボイトレに否定的な甲乙丙丁の異様さが際立ってしまう。彼女は才能に恵まれすぎだ。


「歌唱力もそこそこすごかった」

「移動中や空き時間は、ずっとイヤフォンを耳に突っ込んでいるぜ。音感やリズム感は、昔から俺様の課題だからな。常に齟齬がないか確認している」

 なんでこんなに高慢なやつにファンがいるのか不思議だったが、ここまでストイックな姿勢を見せられるとその理由もわかるような気がした。人間は一途に頑張れる人に憧れるし応援したくなるのだ。松岡に嫉妬していたのも尊敬の裏返しだったのだ。


「収録はもう済んだのか?」

「いや、まだだ。貴様等の期待に沿えるように熱唱してくるぜ!」

 しょうゆ打者はガウチョパンツに手を突っ込んで、

「アルバイト生活も楽じゃないからな。早くメジャーデビューしたいというのが本音だ」

「アルバイト? 学生ではなさそうだし、フリーターか?」

 そのツートーンヘアカラーはどこに行っても校則違反だろう。学生だったら生活指導の教師に染められているはずだ。


「まあな、糊口(ここう)を凌ぐのがやっとだぜ」

 彼の表情は社会的な苦労を物語っていた。自業自得だなと思う。

 スタッフが声をかけてきた。どうやらしょうゆ打者のレコーディングが始まるらしい。奇抜な男は元気よく返事をした。「行ってくるぜ!」爽やかに言い残して去っていく。その背中は緊張感に欠けていた。路上ライブによって舞台慣れしたのだろう。

 課題曲のメロディが流れてくる。しょうゆ打者の声が乗った。

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