2.中学生のプロ棋士
高等学校に行くのが少し億劫だった。
今日は午後から担任との進路相談がある。
クラスメイトのみんなはしっかりとした将来の目標を持っていて、それを達成するための手段も考えているようだった。
村上才介にはそれがなかった。
学力に関しては中の下で、部活動にも所属していない。
真面目に勉強に取り組む学生や部活動に青春を捧げているような連中を心のどこかで見下しながら、連綿と続く日常に安心しきっていたことを思い知る。
今朝の芥川賞最年少受賞者のニュースがふと脳裏に浮かんだ。
彼女は若干16歳で高名な文学賞を受賞したのだ。
それがどれくらいの快挙であるか、才介は寡聞にして知らないが、やはり年齢が近いだけに意識せざるを得ない。
高校生が受賞するってことは、小説家は意外と楽な職業なのか?
文章なんて小中学校の義務教育を受けていればだれでも書けるし、ストーリーだってパパッと思いつきそうなものだ。
俺でもやれるんじゃないか。
そうスクールバッグを担ぎ直すと、安い自転車をこぎながら、鈴木翔太が迫ってきた。
ブレーキを軋ませて接近する鈴木に、どんっと背中を押された。ちょっとイラッとする。
「なんだよ」
ぶっきらぼうに応じる才介に、鈴木は二カッと歯ぐきをむき出して笑顔を作る。
その表情はどこかオラウータンに似ていた。
「才介、日本将棋連盟のニュース見たか?」
眼鏡を人差し指で押し上げると、鈴木は自転車から下りた。
「見てねーよ」
「中学生のプロ棋士伊藤四段(14)が快挙を達成したんだよ」
「知らねーよ」
「まあ、聞けよ。伊藤先生のやつ、あの内藤九段に辛勝したんだよ。ルーキーとベテランの熾烈な争いは手に汗握ったぜ。伊藤先生はこれで破竹の十連勝だな」
「知らないって言ってるだろ、しつこいな!」
気が付くと才介は激昂していた。
同じ制服を着た生徒がびくっと肩を震わせて、才介のそばを通り過ぎる。
「伊藤先生じゃねーだろ。相手は中学生、こっちは高校生だぞ。なんで敬語なんか使ってるんだよ」
伊藤四段は中学生という身分でありながら、早くもプロ棋士という肩書きを得ている。
何物にもなれない才介とは雲泥の差だった。
「鈴木だってプロを目指しているんだったら、そんなやつに憧れてないで勉強しろよ」
もうほとんど八つ当たりだった。
「どうしたんだよ、いきなり」
歩行者信号が点滅している。才介達はそこで足を止めた。
鈴木は戸惑いながら、自動車の往来を眺めていた。
「悪ぃな、将来が不安でさ。焦ってんだわ」
照れたように頭を掻く。
本当は掻きむしりたいくらいだった。
「才介はまだいいじゃねえか。俺なんてプロ棋士志望だぜ」
鈴木は、うははと快活に笑った。
才介の悩みなどどこ吹く風だ。
「プロ棋士志望か」
そんなオラウータンがどこかうらやましかった。