19.甲乙丙丁の才能
「まじでだりーな。するめイカ食べよう」
金髪の美女が、妙におっさんくさいセリフを吐きながら収録室から出てきた。
メイド服を着ていて、頭には白のカチューシャ、足元は二―ソックスという格好だった。
カラーコンタクトなのか国籍によるものなのか青い目をしていて、アニメのキャラクターが現実世界に出てきたような違和感が生じている。
腕に抱えたするめイカの袋やその言葉遣いは、端麗な容姿と比べるとなんともミスマッチである。
「あんたが甲乙丙丁か。拝聴させてもらったが」
才介は礼を言おうと彼女を呼び止めた。
「いい曲だったな。感動したぜ」
「おお、そうか……」
メイドは豪快にするめイカを食いちぎりながら、鼻の穴をほじくった。
そして才介に向き直って、
「悪い、食事中だったから淡白な反応になった」
そう長々とゲップを吐き出す。すごい肺活量である。
才介だけでなく松岡も、目の前のメイドに圧倒されていた。ここまで下品なメイドがいるとは予想外だった。
「うわ、きったねーな」
翻弄されてばかりもいられない。才介はとりあえずののしってみた。
「ああ、失敬した」
見た目だけでなく、声にいたるまでかわいい彼女は、爪楊枝で歯間をほじくり始めた。
どこまでも不思議な少女だ。それもあまり関わりたくないタイプではあるが。
「あんた、『歌ってみた』では新人なんだよな」
「うむ。いかにもそうだが」
「声優とかやっているのか? 声のバリエーションといい、曲のクオリティーといい、新人とは思えない」
「身に余る褒め言葉だな。私は無職の専門学生だよ」
「声楽とかやっているんですか?」
松岡が割って入ってきた。
人間性はともかく、この競争相手は無視出来ないと判断したのだろう。
「声楽? 私はボイトレなんかしたことがないぞ。のどを痛めるかもしれないからな」
「本当に何もしてないんですか?」
幽霊に出会ってもこんな顔はしないだろう。そう思える程に、松岡は驚愕の表情を浮かべていた。
「する必要がないと言うべきかな。練習せずとも大抵の曲は耳コピでなんとかなる。歌だけではなく、ピアノも得意だぞ」
刹那とは正反対の人種。いわゆる天才というやつだ。
練習する必要がないとは傲慢でも慢心でもなく真実なのであろう。
才介と松岡は暴力的な才能を目の当たりにしてしまった。
「オーディションの末席を汚すことが出来て光栄だったよ。ではしばらく」
相変わらずのおっさんくさい口調で、メイドの金髪美女はエレベータに乗り込んでしまった。
二人はしばらくポカンとしていたが、ふっと我に返り待合室に入った。




