17.注目度ナンバーワン
「だったらその辺をぶらついてみるか?」
石階段を上りながら、才介はアゴに手を添えて思考する。
俺は松岡の夢を、心の底では否定していたはずだった。それは、夢中になって努力する彼女の姿が、眩しくてうらやましかったからだ。
「うん。そうしよう!」
だから今こうして同行しているのは恋愛感情からではない。
別の要因があるはずなのだ。
きっとその理由は。
「才介、来てきて!」
月の化身を想起しかけたとき、松岡が興奮気味にまくしたててきた。
「しょうゆ打者さんだよ。しょうゆ打者さんはすごくてさ、作詞作曲編曲も自分で手掛けてしまうし、ギター演奏も上手なんだ。『歌ってみた』の人気ナンバーワンは刹那さんだけど、歌のインパクトだけだったら、しょうゆ打者さんを凌ぐ歌い手さんはいないと思うよ。SNSでの過激な発言も相まって注目度ナンバーワンなんだ」
詳細な説明には痛み入るが、正直なところ、松岡が言葉を尽くす必要などはなかったのである。
なぜなら彼を取り囲む、聴衆という名の包囲網は厳重に敷かれており、一分の隙もないからだった。天網恢恢よりも密にして漏らさないだろう。その肉壁は想像以上に厚く、才介達がひょっこりと顔をのぞかせる頃には全身から汗が噴き出していた。
この人気は、ある意味で芸能人にも匹敵する。
「しょうゆバッターなんてダサい名前だが、こいつは只者じゃねえな」
超高音のハイトーンボーカルは人間の出せる音域をはるかに超越していた。まるで超音波と紙一重である。
女性よりも高い声でありながら、ファルセットを使うことなく地声で歌い上げている。
これだけでも特筆すべき事項ではあるが、他の歌い手と一線を画すのは、もっとも原始的なそれだった。
「声量が異常だぜ」
路上ライブが公認されているということは、それだけ演奏者も多いことを意味する。
エレキギターを掻き鳴らす猛者やグループで活動するロックバンドがいるにもかかわらず、しょうゆ打者はマイクを使っていなかったのだ。
それでありながら、どの音源よりも透き通って聞こえるのは奇跡に等しい。
ビジュアル系の楽曲が終わると、彼は一同に礼をしてからこう言った。
「俺様の歌声に陶酔しているところ悪いが、これから収録があるんだ。月曜日に『歌ってみた』の一斉配信があるから、貴様等は俺様に投票してくれよ」
割れるような歓声が上がった。指笛が、四方八方で鳴り響く。
「すごいね」
松岡は軽く引いていた。
彼女にもオーディションのオファーは来ていたはずだが、刹那やしょうゆ打者と比べると無名に近いようだった。歩いていても声すらかけられないのがその証左であろう。
「も、戻ろっか。ここにいてもやることないし」
松岡はそう笑顔を見せたが平気なはずがなかった。




