14.人気ナンバーワン
「刹那さんは『歌ってみた』の草分け的存在だよ」
透き通った少年のような声が、女性とは思えない力強い歌唱が、館内にこだましていた。
「いわゆるベテランってやつか?」
「そうなるよね。彼女は市役所に勤務するかたわら、こうやって精力的に活動しているんだから」
「すごいな。仕事との両立は言うほど簡単じゃないだろうに」
刹那は二足のわらじを履いているとは思えないテクニックだった。
音楽に関心のない才介でもそれくらいわかる。
「私も刹那さんのことはリスペクトしてるよ。すごい苦労人だから」
松岡が自嘲的にふっと笑むのを才介は見逃さなかった。
「『歌ってみた』の中ではすでに人気ナンバーワンだし、下手なプロよりも上手だと思う。今回のオーディションでは優勝候補筆頭だよ」
ふん、くだらねえ。
才介はいつもの口癖を吐き出した。
「松岡には勝算がないのかよ。俺の中ではお前こそが優勝候補筆頭なんだ。刹那がすごいからどうしたって言うんだ。松岡だって十分すごいだろ。お前が刹那をリスペクトするなら、俺は松岡をリスペクトする」
「う、うん。そうだね。ありがと」
松岡の瞳はまだ揺れていた。どうやら迷いは吹っ切れなかったようだ。
それも仕方のないことである。
これほどの実力差は、気合でどうにかなるものではないのだから。
今回のオーディションの内容は、一曲目が課題曲で、二、三曲目は自由曲である。
次曲が始まると、刹那の少年ボイスはなりを潜めた。
その代わりに、大人っぽい艶美な声音が耳膜をくすぐった。
彼女から放たれるエロスが、蠱惑的な顔をのぞかせる。
刹那というボーカルのイメージが書き改められた。
才介と松岡は微動だにせず、彼女の曲に酔いしれていた。
待合室からヘッドフォンをかけた若い女性が出てきたが、二人はそれにも気が付かないほど集中していた。
すごい。曲の世界観が広がる。
関係者ではないはずの才介ですら、鳥肌が立っていた。
三曲目は男性歌手と女性歌手のデュエットソングだ。
動画投稿サイトでは修正が効くため珍しい選曲ではないが、このオーディションは歌声がそのまま、指定された時刻に生配信される。ここでしくじってしまったらかなり痛い。しかしだからこそ、ハイリスクであるが故にハイリターンが待っているのだ。
「この曲の成否で、刹那さんの評価が決まるよ」
唇を噛みしめながら、松岡は祈るようにしてうつむいた。
松岡は成功と失敗のどちらを願っているのだろう。ふとそんな疑問を感じながら、才介も神経を研ぎ澄ませる。




