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月が綺麗ですね  作者: オリンポス
第1章 村上才介の憂鬱
12/87

12.“作者”と“読者”の関係性

 ブルーライトにすると犯罪率が低下するらしい。

 才介は誘蛾灯の青い照明を浴びながら色彩心理学の本を開く。青には人を冷静にする効果があるというのは知っていたが、実際にその統計を見てみると、人間の深層心理には共通する感覚があるのだということがよくわかる。


 ベンチの真横には月の化身がいた。上下を灰色のスウェットでそろえている。

 彼女は才介の原稿を読んで膝の上に置いた。

「拝読、させていただきました」

 たしかに青には人を冷静にする効果があるかもしれない。

 それでも自分の書いた小説が目の前で読まれているというのは、とても正気ではいられない苦行だった。


挿絵(By みてみん)


「説明が長くて、切り口がマンガっぽくて、季節感がなくて、接続詞が多いですね」

 才介は累々と改善点を述べられた。

 初心者であっても容赦なしである。


「えっと、面白くなかった?」

「そんなことは、ないです。面白い、です」

 顔を赤くしながら彼女は訂正する。


「陸上部のエースである主人公と、それをねたむ部員との確執は、見ているこちらまで、ハラハラさせられました。ただ、その、文章が独りよがりになっているので、そこは直したほうがいいかなと」

「独りよがりか。それをやってるつもりはないんだけどな」

 過不足なく描写したつもりだし、そう指摘されてもいまいちピンとこなかった。


「そうですか。良い方法がありますよ」

 彼女はいたずらっぽく指を立てて、「これは宿題にします」と宣言する。


「ケータイのアプリと市販されているゲームソフト。あなたはどちらが利益が出ると思いますか。また、どのようにしてその商品をアプローチしていくかを教えてください」 

 企業面接の質問内容を復唱したのかと才介は疑ったが、そんなことはなかった。


「これを考えることで、顧客のニーズを分析することになります。小説も同じです。読者の求める文章というのは、『だれにでもわかる平易な文体』のことなんです。まずは相手の気持ちを知るところから始めてください」


 才介はあっけに取られて、自分よりも幼い少女をポカンと見つめた。

 小説家の精神年齢とはこうも熟成されたものなのか。

 高校生くらいの女の子がマーケティングの話をするなんて。

 とはいえ、ゲームのことを考えるだけで文章がうまくなるとは思えない。


「そうですか。では、素敵なお話を読ませていただいたので、私からも返礼の小噺があります」

 彼女は口を開く。

 言葉を交わしていくうちに話し方を思い出してきたのか、淀みはほとんどなくなっていた。


「キシリトールガムと歯医者さんの話です」

 誘蛾灯がバチッと電気を流す音を発した。


「今でこそキシリトールガムは『歯医者さんが推奨するガム』として定着しましたが、最初から歯医者さんの協力を得られたわけではありません。当初このガムは、『虫歯にならない歯を作る』がコンセプトでしたから」

 だれも虫歯にならなかったら、歯科医は経営が破綻してしまう。

 それなら協力が得られるはずはないと才介はうなずいた。


「では、『虫歯にならない歯を作る』というコンセプトを抜本的に変えなければなりませんよね。歯医者さんへの来客数が減ってしまっては相互提携は結べませんから」

 今夜は真っ白な月が、夜空に浮かんでいた。

 こうなってくると本当に、彼女は月の化身なんじゃないかと思えてくる。


「そこで販売部の発案したキャッチコピーが、『虫歯を予防するガム』です。歯医者さんを、虫歯になったら行くところから、虫歯を予防するために行くところへと認識を変えさせたんです。キシリトールガムは予防をサポートするだけなので、きちんと歯医者さんに行きましょうと人口に膾炙(かいしゃ)するよう触れ込んだんです。それが大ヒットしたわけです」


「なるほど。まとめると何が言いたいんだ?」

 才介はまだ彼女の意図を理解していなかった。

「つまり、ビジネスは双方にメリットがないと成立しないってことです。それは小説も同じで、面白くなければ読んでもらえません。なのですこしでも楽しんでもらえるように、読者を意識して書きましょうってことです」


 なるほどな、と。

 才介は宿題の内容を思い出す。


 ケータイのアプリと市販されているゲームソフト。どちらが利益になるか。どのようにしてその商品をアプローチしていくか。

 正解はひとつではなさそうだ。じっくり考えて答えを出せということなのだろう。

 それが読者を意識するきっかけになるのだから。


「あ、そうだ」

 才介は思い出したように訊いた。

 放課後に瓜生に質問したのと同じ内容を。


「芥川賞と直木賞ってどっちがすごいんだ?」

「えっ?」

 彼女は言葉に詰まったのか、両手で顔を覆ってしまった。

 その所作はどこか小動物のようで、才介は思わず微笑んでしまう。

「えと、その、どっちもすごいと思いますよ。芥川龍之介さんも、直木三十五さんも、どちらも高名な作家なので」

「おいおい、そういうことじゃなくて」

「あの、ごめんなさい。答えられません」

 才介が何かを言う前に、彼女は深々と頭を下げてしまった。

 作家にとってこの話題はタブーなのだろうか。

 今まで饒舌だった青白い少女の口数は、めっきりと減っていたのである。

これで第1章は完結です!

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